神楽坂で百年の老舗ながら、進化が止まらない注目の中国料理店。
第11回 「龍公亭」
神楽坂は本当に大好きな街だ。
恵比寿、西麻布に次いで頻繁に訪れるだけではなく、東京で最も歩く楽しみを享受させてくれる。加えて神社仏閣やフランス人が多く、都心ながら小旅行気分も味わえる貴重な街である。
真ん中に一本通った神楽坂から左右に派生する路地。そこはすでに迷路で花街の遺産を彷彿とさせている。そもそもなぜ花街が迷路なのかとは、男性が入り込んで出られなくなる、という理由ではなく、そこで遊んでいる旦那をめがけて怒鳴り込んできた奥方から、うまく逃げおおせるように迷路になっているのだとか。
ぼくが神楽坂に向かう際には、常にJR飯田橋駅を利用し東京メトロ神楽坂駅には降りたことがない。神楽坂を登り切ったところにあるメトロの駅は便利だし楽だけど、飯田橋から神楽坂をひたすら歩いて神楽坂上を目指す、そのアプローチがたまらないのだ。
しかもJR飯田橋駅は、階段を上り下りしなくても改札に到達できる、鉄道各駅のなかでも希少な存在だった。と過去形なのは、最近新宿寄りの駅が改装中、いや改悪中で、改札口は神楽坂とは反対側に移動し、普通に階段を上下しなくてはならなくなった。こんな小さな変化でも神楽坂への小旅行気分に水を差され、最近は飯田橋までメトロを利用し、そこから歩くことが多くなった。
メインストリートである神楽坂は今、どこの駅前でも見られるチープな風景、延々チェーン店のカフェやファストフード、ファミレスが連なるように見える。しかし実は、何年も続く洋食店、自著でも紹介した日本料理店、神楽坂らしい小物類、総菜を扱う店、そして夏目漱石も利用したという歴史ある文具店等が並び、伝統を失わない姿はさすがである。
ただ、今回取り上げる「龍公亭」は、その存在をほとんど意識していなかった。お店の前は幾度となく通って、中国料理店があることも知っていた。ところが、ここが百年以上続く料理店ながら、神楽坂の推移と呼応して休むことなく進歩してきたことを、不覚にも気づいていなかったのである。
全国各地でその影を残す花街には、必ずと言っていいほど古くから共に営業している洋食店や中国料理店がある。仕出し料理に食傷気味な客や芸者衆、働く人たちが、息抜きのため好んで通うからに他ならない。「龍公亭」も歴史だけをたどると同様の説明を聞くことができる。
しかしそこから現在にかけてが他とは違い、ノスタルジーで飾ることは決してやらない。店のすべてがモダンで、今にキチンと溶け込んでいるのだ。
まずは外観、そして内装。神楽坂には百年ぐらい続いてそうな料亭やショップも散見するが、皆さん老舗を最大のセールスポイントにして高い地代を払っている。いっぽう「龍公亭」は、たとえ六本木にあっても、カッコいい店だなあとデザイン性や居心地に客は納得するだろう。
さらに料理。中国料理、特に花街好みのメニューとなればやさしさが一つの特徴だ。それを否定するつもりはなく、日本の中華としてぼくは好みでもある。「龍公亭」はそんなメニューも残しつつ、進化形でありながら体に優しい無添加の料理も展開する。著名な料理人周富徳にも師事をしたという四代目料理長は、料理だけではなく顔つきさえも今のイケメンである。百年の暖簾や四代続く実績とは別世界をひた走る。そして、おそらくは料理長以上に外観・内装、その他様々な「美」へ大胆に切り込んでいるのが奥様、老舗風に言うと若女将であろう。
店の品格や伝統を守るべく今も広い視野を持って店に立つ三代目女将と共に、変わりゆく神楽坂に後れを取らない、いや、先んじて存在感を示す中国料理店へと変貌させるプロデューサーだ。
客には、著名な芸術家、デザイナーも多く、またそんな方々とのコラボが店内随所の発見できて、画廊にいるような芸術的享楽もある。
そして、あまり知られていないものの、この店の特等席は二階のテラス部分。食事をせずとも一度ぜひ、許可をいただいてここに上がってほしい。神楽坂の上と下を一望でき、自ら神楽坂で天下を取った気分になれること請け合いだ。
SHOP INFORMATION
▶ 店名 龍公亭
▶ 住所 東京都新宿区神楽坂3-5
▶ 営業時間
11:00~15:00(L.O.14:45)
17:00~22:00(L.O.21:30)
▶ 定休日 不定休 日曜日定休
▶ TEL 03-3260-4848
※食随筆家 伊藤章良さんが出演している、BSフジ「ニッポン百年食堂」は2017年7月1日より再放送開始
http://www.bsfuji.tv/100nen/