万人に愛される炭水化物を3種類集めた名物セットが垂涎。
第13回 「大十食堂」
青森には意外にも、百年以上続いている古い食堂が多い。というか、そこにスポットを当てているとした方が適切かもしれない。百年の存続を一つの魅力と設定し「津軽百年食堂」と銘打って集客。ガイドブックを発行したり、そこを舞台に小説も書かれ映画にもなった。歴史ある食堂に昔から興味があったぼくは、テレビの仕事やこの連載以前に津軽を訪れ、現地の食堂を見聞。名物料理を食したりしていた。
話は変わるが、2年ほど前から東京で突然焼きそばが流行し始めた。東京の食マスコミは、こぞってこの現象をブームと紹介し、あっという間に焼きそば専門らしき店が都内各所にオープン。空いた紙面を新鮮なコンテンツで埋めたいマスコミのさらなるターゲットとなった。
そのときぼくは、エスカレーターの左側に立ち右側をあけるのは世界中でも東京ぐらいという異質さを思い出した。東京で暮らしていると全国や世界が見えなくなる違和感は、こんなところにもあるかなと感じたのだ。
政治も文化もマスコミの情報発信も、すべてが東京からの一極集中な日本。そんな場で生活していると、東京にしか存在しないコトやモノに気づくのが難しい。地方でテレビを観ているのに、東京の天気予報が流れる不快感を、東京では当然知るすべもない。
焼きそばは、大阪に行けば数多あるお好み焼店のどこでも食べることができる。お好み焼より手軽で調理に時間もかからないのでオーダーの頻度は高いぐらいだ。そして津軽百年食堂でも、焼きそばを名物として繁昌している店がいくつもあり、そんな店が地道に百年以上営業を続けている。東京で瞬間的に持てはやされることをブームと呼べるのかどうか。
今回訪れた青森県平川市の「大十食堂」。青森県の南西、旧尾上町と聞いても、現地に馴染みのある人ではないと場所の想像がつきにくい。弘前市と比較的近いといえば少しは見えてくるだろうか。
「大十食堂」、すごいネーミングだ。大も十も、いずれもbig、いやbiggestな文字の組み合わせ。一目で記憶に残る。ところがご主人の解説によると、大はもともとの屋号で十は初代の名前に「重」という字があり、本来ならこれを使うべきだったのに、店の前は馬車が往来する大きな十字路だったので十を当てた。つまり大も十もbigを意味するわけではない。
訪れてみると、どこがそんなに大きな十字路だったのかと探してしまうものの、確かに交差点の角にお店はある。どんな方向や角度からも目立つ看板は、古さや重厚さをあまり感じさせることなく、愛らしい中につつましい主張もあって、町のランドマークにもふさわしいと納得。
ぼくは麺類が大好きだし、麺の美味しい店は、うどんでも蕎麦でもパスタでも自家製麺が多いと思う。ところがラーメンだけは、大半が製麺所製の麺を使っている。
一方、津軽の百年食堂を巡るとうどん・蕎麦だけではなくラーメンも自家製の店と出会う。というより、麺も自分のところで作るのが当たり前で作る側もそのことに何ら疑問を持っていないと受け止めた。「大十食堂」のご主人と話すと、創業以来麺は自分のところで作るのが当然という感覚だ。そして、そんな自家製麺だから、実はウマい。ウマいからこそ「大十食堂」の焼きそばは名物と言われるようになった。
「大十食堂」の圧巻は、ランチタイムのAセット。ラーメンと焼きそばとおにぎりが一つのプレートに載ってやってくる。お好み焼きと焼きそばは、何度もセットで食べたことがある。しかし、ラーメンと焼きそばのセットは今回初体験。同じ麺類でも異質の料理なので、耳で聞いた最初は少々暴力的な組み合わせとも感じていた。
ところが、独自にブレンドした濃い目の焼きそばソースと、そこまで自家製かと驚く”焼き干し”のラーメンスープが程よく合う。しかも少々口のなかがToo muchになったなら、そこでおにぎりを少しかじればよい。初体験の楽しさも加わって、あっという間に食べ終わってしまい、今思い出しても、また食べたいリベンジモードがふつふつと沸き起こる。
町とともに育ち町にこよなく愛される食堂を運営する四代目ご主人は、ご自身の立ち位置を十分にわきまえておられ、謙虚ながらも頑固。引き継ぐものと伝えていくものへのこだわりや愛着も半端ない。なにより苦労を笑い飛ばすような芯の強さと、食堂の運営を心から楽しんでやっておられる姿が、スゴいAセットと共に忘れられない。
SHOP INFORMATION
▶ 店名 大十食堂
▶ 住所 青森県平川市尾上栄松19-1
▶ 営業時間 11:00~16:00(なくなり次第終了)
▶ 定休日 月曜日(祝日の場合は火曜日)
▶ TEL 0172-57-2022