ニッポン食堂遺産⑮「そば処 橋本」

神奈川県小田原市「そば処 橋本」の蕎麦

小田原の根源的な食文化を感じる、全国屈指の蕎麦の名店

小田原の根源的な食文化を感じる、全国屈指の蕎麦の名店

小田原はとても魅力的な立地だ。
東京から在来線でも行ける距離、豊富な海の幸に加え、ぎりぎりまで山が迫る緑の美しさ、改築が終わった小田原城はじめ名所旧跡も多い。

その昔、小田原に「ステラマリス」というフランス料理店があった。
ここは、今や日本の各地にレストランを展開する吉野建シェフが日本で最初に起こした。シェフはここからパリへも「Stella Maris」を出店。当時は日本人で最もミシュランの星に近い男と言われた。今でこそフランスで多くの日本人料理人が活動し現地で輝かしい評価も得ているが、凱旋門近くの「Stella Maris」も可愛らしく魅力的な空間だった。今は亡きマダムの大変なご努力もあったことだろう。

小田原の一つ先早川にも、フランスで8年修業したシェフが直接舞い降りた。1995年のことである。世界的に著名な成澤由浩シェフの日本での最初の店「ラナプール」にも何度も訪れた。時間的な余裕をみてランチタイムでディナーメニューを提供いただくことが多かった。数々の皿とワイン、絶えることのない会話であっという間に時が過ぎ、ディナーの客が来てしまったという、とんでもない思い出もある。

「そば処 橋本」外見は普通の食事処。

そんなぼくにとっての食都 小田原。60軒を越える一連の百年食堂取材で、もっとも記憶に残る店と出会ったのもこの地だ。
「そば処 橋本」、店主が橋本さんではない。創業者が神奈川県の橋本出身だったからというだけのようだ。江戸時代末期から小田原で営業を始め、第二次世界大戦で焼けるもすぐに再建し現在に至る。
外見は普通の食事処。入口に料理の写真を掲示する店は要注意と書いているぼくにとって、「そば処 橋本」の前に立ち、多くのセットメニュー写真を見た時は少々イヤな予感がした。しかも、手打ちと聞いているのに、どこにもその蕎麦打ち場所が見えない。

「そば処橋本」のご主人は、柔和な笑顔が印象的で快活に語る人だった。

蕎麦職人の多くは求道者のような顔つきで、笑わず多くを語らず打った蕎麦で全てを表現する、みたいなイメージが強い。有名な蕎麦打ち名人高橋氏は、通称達磨と呼ばれるぐらいである。ところが「そば処 橋本」のご主人は、柔和な笑顔が印象的で快活に語る人だった。

ご主人がまずぼくを連れて行ったのは、客席ではなく蕎麦打ちの場所。

ご主人がまずぼくを連れて行ったのは、客席ではなく蕎麦打ちの場所。この店の蕎麦打ちは店舗2階の奥。つまり外からも客席からも一番見えないところにある。これでは手打ちをアピールできないし、2階の奥に蕎麦粉を運ぶだけでも一苦労だろう。
「お店はお客様のためにあるもの、蕎麦を打つ場所が客席よりも入口に近いところにあって、どうするんですか」。このご主人の一言が「そば処 橋本」のすべてを物語っている。親しみやすい外観も入りやすい料理写真も、蕎麦を打つスペースも、すべてお客様本位で考えられたことなのだ。

桜エビ、鯵、シラスなど相模湾・駿河湾の名産を駆使した多すぎるぐらい豊富なメニュー。

こんなご主人が心を込めて打つ蕎麦だ。美味しくないはずがない。その上、桜エビ、鯵、シラスなど相模湾・駿河湾の名産を駆使した多すぎるぐらい豊富なメニュー。どれにしようか迷う時間も楽しみなら、その一つ一つの完成度を目で確かめ口にするときの感激もひとしお。口の中で響く音の艶っぽさ、喉を通ったあと鼻孔をくすぐる香りの清廉さ。

「そば処 橋本」は19時閉店だ。遅くまで営業すれば居酒屋的な利用客で収益も上がるだろうと質すと、仕事が終わった後、自分が他の店に勉強に行きたいからだという。そんな考え方や英断も、この店の一気通貫な哲学の一つな気がした。

こんなご主人が心を込めて打つ蕎麦だ。美味しくないはずがない。

「そば処 橋本」のオフィシャルサイトを見ると、ページの最後に7項目に渡る店の考えが記されている。飲食関係者ならずとも胸を打つ内容で、ここにすべてを掲載したいが、中でも一番ぼくか心動かされた一文を紹介したい。
「基本の上にたった進化を常に考える事」。
イノベーティブやフュージョンと、変わったことをする料理がもてはやされる昨今。進化とは何なのか。単なる見かけではなく本当に進化し続ける料理とはどういうものか。「そば処 橋本」を訪れたなら、きっとその答えを感じることだろう。
やはり、小田原はすごい。

SHOP INFORMATION

▶ 店名 そば処 橋本
▶ 住所 神奈川県小田原市栄町1-13-37
▶ 営業時間 11:00~19:00
▶ 定休日 無休
▶ TEL 0465-22-5541

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