食事の本当の楽しさを伝えるために奮闘する名物女将の駅前食堂
広島県呉市「森田食堂」のおかず
関東圏で暮らす自分たちからすると、広島県の主要都市、福山、広島、呉、尾道。それぞれの位置や距離がつかみにくいものだ。岡山から近い順に、福山、尾道、呉、広島なのは、意外と知られていない。
ぼくは広島を訪れるたび、上記の都市がすべて瀬戸内海に面していながら、ここまで生い立ちや表情の違う町へと変化を遂げたことに驚く。原爆が投下され人類最大の悲劇を体験した広島、軍港があり大きな空襲を受けた呉に比し、尾道は、対岸の因島に空襲はあったが、ほぼ戦火を免れたことで多くの文化財が残った。岡山に一番近い福山は、穏やかな岡山の県民性も併せ持っている。
一つの県内でも、こうして数奇な運命をたどりつつ、その個性を伸ばしながら今日に至っている。広島に訪れるなら、ぜひこの4都市の魅力をじっくり比較しながら探ってみるのも旅の楽しみだろう。
加えて広島県は、食材や日本酒の宝庫だ。しかしその全貌は、あまり知られていない部分も多い。魚介は著名なカキだけではなく瀬戸内一帯の海の幸が集中する。魚介だけではなく、鶏や野菜、レモンなども、広島発のオリジナルが見られる。ぼく個人が選ぶ日本酒の美味しい県ベスト3が、広島、滋賀、佐賀なぐらい、種類も味わいも数限りない。
今回訪れた呉は、間違いなく一番男っぽいキャラクターだろう。ヤクザ映画の舞台としても有名で、著名な観光名所は自衛隊や軍関係のミュージアム等々。今でも伝説的な硬派の居酒屋がいくつか点在している。駅前周辺も、工業の町的名残りや風情が満載で、観光メインの尾道とは真逆だ。しかし、それもまた呉の魅力ととらえたい。
目指すのは「森田食堂」。呉駅のすぐ近くにあって、まさに駅前食堂。朝から晩まで営業している。出勤前のちょっとした腹ごなしから、ランチ~夕食、居酒屋仕様と、その時々の料理を備えた万能選手だ。壁面には、ラーメン、親子丼、カレーなどのザ・食堂にふさわしい単品の数々、湯豆腐のようなちょっとしたツマミ系も含め、大胆で達筆な筆文字が連なっている。勤務シフトの関係だろうか、まだ日の高い時間帯から賑やかな団体もいて、使い勝手や時間もオールマイティだ。
ここの、食堂としての大きな特徴は、充実したおかず棚の存在。食堂業界では一時絶滅危惧種だった多品種のおかずがチョイスできるシステムも、最近は電子レンジの発達やコンセプトを逆利用して、それ専門の新たなチェーンが登場している。ところが「森田食堂」では、親子丼やカレー、麺類など、数多くの単品メニューが十分に市民権を得て、どちらかというと一品で完結可能な注文をする客が多い中、頑なにおかずを棚に満載させている。
女将さんの思いや考えは、まさに『食育』だ。彼女曰く、自分自身で、食べたいものや栄養のバランスを考えて料理をチョイスし盆に並べることが一番大切。それを教え実践してもらうために、おかずを作り続けているというのである。
カレーとか親子丼といった単品を注文し、ササッとお腹を満たして短時間で切り上げる。そんな客ばかりの方が、効率よく食材のロスも少なく、店の経営にとってはベターに違いない。でも、おかずを選ぶことで、各自でその日のメニューを熟考する行為そのものが、食べる楽しさや幸せ、そして感謝の気持ちにつながるのだ。
あまりにもすばらしい「母」の姿に、ぼくは実った稲穂のようにこうべを垂れていた。取材では丼もたいらげたが、おかずも何品も取ってきては口にした。男の町らしい、少し濃い目の味付けでご飯は進むし、酒のつまみにもちょうどよい加減。
男社会だからなのか、逆に呉の町ではお母さんの強さが際立つのだろう。「森田食堂」は、呉で暮らす全ての皆さんの母として、今日も元気に『食育』を続けておられるに違いない。
SHOP INFORMATION
▶ 店名 森田食堂
▶ 住所 広島県呉市中央1-9-3
▶ 営業時間 8:00-21:00
▶ 定休日 日曜日
▶ TEL 0823-23-6340