お風呂上がりに体を拭いたり、運動時に汗を拭いたりと、私たちの暮らしに欠かせないタオル。国内はもとより、世界でもたくさんの製品が開発・販売されていて、選ぶのにも悩みますよね。でもこのお話を聞くと、思わず「これを使ってみたい!」と思うこと請け合い。今回は、日本を代表するタオル産地、愛媛県の今治でタオルを作り続けて90余年。楠橋紋織株式会社代表取締役社長の楠橋功氏にお話を伺いました。
「アルデンテ」のようなタオルと、地球環境にやさしいタオル
2023/03/08
楠橋紋織株式会社 代表取締役社長の楠橋功氏
―創業1931年。もう90年を超えられているのですね。
楠橋 もうすぐ1世紀に差し掛かろうとしています。今治はタオルの産地で、明治時代以降、数多くのタオルメーカーが立ち上がりました。弊社の創業は昭和に入った1931年。繊維検査所の技術者であった楠橋俊夫が、「これからの時代はタオルだ」と自らタオル作りを学んで、父・三郎治や兄・秀雄と会社を設立したのです。しかし第二次世界大戦で俊夫は戦死。今治の街も空襲などにやられ、終戦時に残った会社はひと桁ほどだったと聞いています。弊社は工場が中心部から外れており、空襲の被害を受けなかったことから、戦後の立ち上がりも比較的速く、秀雄が会社を続けました。単一産業地として逞しく復興して、1950年に昭和天皇が戦後巡幸で今治にお越しになった際には、弊社は地域を代表してその行幸を仰ぐこととなったのですよ。
歴史と伝統を感じさせてくれる、楠橋紋織株式会社本社。
―タオルはもはや暮らしに欠かせない必需品ですし、期待も大きかったのですね。
楠橋 そうですね。タオルは日用品のひとつです。ですが私どもは、日用品のもう1歩先、嗜好品としても捉えられるような商品づくりを目指すようになりました。
―そう思われるようになったのはいつごろからですか?
楠橋 2009年ごろでしょうか。2006年よりスタートした「今治タオルプロジェクト」に参画した年なのですが、そのあたりから芽生えてきたように思いますね。自社のオリジナルブランドが確立された時期でもあります。
―社長は2004年に取締役に就任されていますが、入社された当時のタオル業界はどのようなムードだったのでしょうか。
楠橋 今治は戦後、徐々にタオルメーカーの数が増え、1900年代には500社ほどあったのですが、それがものすごい勢いで減っていった時期でした。私が入社した2002年の時点では200社ほどに。以降はさらに減っていくということで、非常に深刻でした。正直、「これはえらい業界に来てしまった」と思いましたよ(笑)。その一方で、なんとしてでも弊社は残さねば、という使命感に駆られました。
―タオルメーカーはなぜ減少していったのでしょうか。
楠橋 海外製の安価なものに押されてしまったのです。そこで今治のタオルメーカー全体で、「タオルの輸入量を減らして欲しい」というセーフガードを国に求めた時代もありました。しかし当時、弊社は中国にも工場を持っており、セーフガードをかけられてしまうとそこで作ったものが輸入できなくなる。先代は複雑だったと思います。その頃はどの業界でも、会社を発展させようと思えば安い労働力を求めて海外に進出せざるを得なかったと思いますが、それが国内の産業に影響を及ぼすようになってくるとはですね。
―大変な時代だったのですね。
楠橋 そうですね。そして2002年ごろは、OEMも盛り上がっていました。低コストでタオルを作りたいというブランドがあり、それを今治のタオルメーカーが製造するというものです。その頃から、弊社では少しだけ自社商品を出していたのですが、「自分たちで発信してなくても、有名ブランドのOEMを受けてればいいじゃないか」、「わざわざ自分たちで企画して、在庫リスクを負ってまで開発する必要はないのでは」、という意見もありました。
ところが2006年以降になると、OEMにも海外生産の波が来て、受注量がどんどん減少していきました。そこでこれからは、自分たちで企画したものを売っていこう、という流れになったのです。
―それで「DOUBLE STAR」をはじめとするブランドが生まれたのでしょうか? 今回ご紹介いただいた「タントロ」についても聞かせてください。
楠橋 DOUBLE STARは、創業記念日の7月7日にちなんだ名前の自社ブランドですが、実は先代が作ったもので、ブランド自体は前からありました。「タントロ」は誕生が2009年くらいだったでしょうか。私は2007年に、中国の工場から、東京の営業部へ異動となったのですが、そこで前任者が商社さんと手掛けたOEMのタオルを偶然見つけて、非常に感激したのです。大手生活量販店さんの取り組みの中で試作したものの、商品選定からは漏れた素材でした。そして前任者は、「とてもいいものだから、なんとか別のOEMで提案してみたい」と製造、販売に取り組んだということですが、OEMでは思いのほか売れなかったというのです。
しかし私は諦めきれず、それなら自社で作って売ろうと。当時の社長に「これを「DOUBLE STAR」ブランドで売りたい」と提案し、開発させていただきました。それが「タントロ」です。
―「売れなかった」という結果があったのに、それでも開発に踏み切った理由はなぜですか?
楠橋 タオル業界に入って、さまざまな糸と触れ合ってきました。その経験からも、「タントロ」にはすごくビビッとくるものがあって。ぜひたくさんの方に使っていただきたいと思ったのです。
楠橋社長の熱い思いから生まれた、「DOUBLE STAR タントロ」。
―「タントロ」は、どのような素材なのですか?
楠橋 柔らかさとコシの両方を持った素材ですね。糸は、2つの綿から作られています。1つ目はタンギス綿。ペルー産の長綿で、そこまで高級というわけではないのですが、繊維の太さがトップクラスで、ハリとコシがあり、パルキー性と呼ばれる“ふくらみ感”もあります。もう1つはトロピカル綿というアメリカ産の綿で、繊維が細く、柔らかな質感の綿です。アメリカの西海岸の方で作っていたことから、トロピカルコットンと呼ばれるようになったそうです。
その2つの綿を使って、糸の中側にハリコシのあるタンギス綿、外側にしなやかなトロピカル綿を配置することで手触りが柔らかく、さらにハリコシのあるループができる糸を作ってくれたのです。織り方も、この糸が持つ特徴を活かすようなものをいくつも試作し、ベストなものを採用しました。
「タントロ」という名前は2つの綿、タンギンス綿とトロピカル綿の頭の文字を取ったものです。元々は糸の開発品名だったのですが、それをそのまま商品名としました。
―そんな「タントロ」、特徴が、「アルデンテのようなタオル」とのこと。とてもユニークですよね。
楠橋 糸の構造図を見ていただくと、まるでパスタのようなんですよね。パスタは中に芯が1本残ったくらいの状態、つまりアルデンテが一番美味しいとされています。「タントロ」は、柔らかくてコシがある、アルデンテのようなタオル。そうしたイメージを持っていただけたらと思いました。
それから手前味噌ですが、「タントロ」は、弊社のタオルの中でも非常にコストパフォーマンスに優れた品だと思います。私の自宅には、仕事柄、サンプルなども含めさまざまなタオルがあるのですが、妻も子供たちも、つい手にとってしまうのは「タントロ」だと言うのです。それくらい、使いやすい。また誰かにプレゼントをする際にも、質的、価格的に、「タントロ」を贈っておけば間違いないと。私も妻も、それぞれ自分で自社製品を購入して、せっせと贈り物にしています(笑)。
「アルデンテのようなタオル」で、タグにもパスタの絵が!
―端の処理もすごくおしゃれですね。
楠橋 「タントロ」のデザインは、弊社の商品創作室、室長に担当してもらいました。この端のことを「ヘム」と言うのですが、日本ではヘムが細いタオルが主流だったのに対し、ヨーロッパのタオルはヘムが広めで、それを意識したということです。ちなみに現在販売しているタントロは2代目で、前身のタントロは白、青、赤、茶、緑というカラーバリエーションでした。これは絶対にギフト需要が生まれるだろうと、白、青、赤のタオルをセットにした「トリコロールギフト」、茶、緑、白をセットにした「宇治金時ギフト」も作ったのですよ。ただ、誕生から10年が経った2019年以降は、もうそろそろ若いスタッフにお任せしようということで、現在のカラーバリエーションとなりました。おしゃれですよね(笑)。
「DOUBLE STAR タントロ」は、
オフホワイト、ボルドー、キャメル、カーキ、ネイビーの5色展開。
―では次に、オーガニックタオル「KuSu organic」についても教えていただけますでしょうか?
楠橋 弊社では2008年に、社長が3代目から4代目へと受け継がれました。3代目は、会社設立のきっかけとなった俊夫の息子。血は争えず、ものづくりが非常に得意です。そこで社長を退いた後は、ものづくりの分野で会社をバックアップしたいと申し出てくれました。
主に取り組んだのは、糸の素材開発です。実はタオルの製造過程では、吸水力を高めるために苛性ソーダという劇薬を使います。これは目に入ると失明したり、皮膚につくと火傷したりするほどの劇薬です。なぜそんなものを使用するのかというと、真綿の状態では油分が多く、水を弾いてしまうからです。吸水力のあるタオルを作るためには、その油を取り除く精練という工程が必要となります。この際、苛性ソーダをとことん薄めて使用するわけですが、これをどうにかして、自然のものに転換できないだろうかと。そこで3代目は、大阪府立大学名誉教授で農学博士の坂井拓夫先生率いる「バイオ精練協議会」に入り、実用化を目指しました。
開発にはずいぶん時間がかかりました。坂井先生は、納豆に含まれるナットウキナーゼという成分を活用して精練を目指しておられましたが、やはり非常に難しい分野です。そのうち、「これは無理だろう」と、協議会を離れる企業も増えていきました。最終的に残ったのはなんと弊社だけ。3代目はさすがです。よく粘ったなあと思います。
結果、その精練は成功し、CO2を30%も削減できる、「新バイオ精練加工」が生まれました。さらにこの製造法に加え、PBP YARNプロジェクト(※)対象のインド産のオーガニックコットンを取り入れながら、2020年に、「KuSu organic」をリニューアルリリースしました。
(※)PBP YARNプロジェクト https://www.pbpcotton.org
粘り強い思いと共に完成した「KuSu organic」。
オーガニックコットンについては、シルクロールコットンというものを採用しています。糸は撚れば撚るほど固くなるものなのですが、その撚りを反対方向に戻すことで、柔らかい糸「無撚糸(むねんし)」が生まれます。が、その糸の撚りを戻すためには、一般的には水溶性ビニロンという原料を使用しているのです。
せっかくケミカルフリーの精練加工をしているのに、ここで化学原料を使うなんて、ということで、このタオルに関しては、水溶性ビニロンの代わりにシルクの力で糸に柔らかさを纏わせることにしました。これがシルクロールコットンです。
―使う側にとって、嬉しいタオルなのですね。
楠橋 もちろん使う人にも嬉しいタオルなのですが、地球環境と綿を作ってくださる方々にとって、もっといいものなのです。実は綿を栽培するのには、ものすごい量の薬品を使います。代表的なものが枯葉剤なのですが、綿を収穫するために、枯葉剤を広範囲に撒くのです。当然、農家の方にはリスクがありますし、薬品は土壌に染み込んで生活用水に混じり、関係のない人たちの健康も脅かします。オーガニックコットンは、そうした薬剤を使わずに作られる綿。積極的に推奨することで、環境や人を守ることにつながるのではないかと思うのです。弊社は2023年1月にSDGsの宣言を行いましたが、今後ますます、世の中はもっと地球のことを考える、そういった方向に動いていくだろうと思います。
「KuSu organic」は、
キナリ、グレー、ブラウン、ピンク、ブルーの5色展開。
―今後の展望についても聞かせてください。
楠橋 現在、弊社の売り上げはOEMが8割、自社開発商品が2割ぐらいのバランスなのですが、今後はもう少し自社開発商品を増やして、5対5くらいにできればいいなと思っています。冒頭で「タオルを嗜好品に」と申しましたが、これは弊社のタオルを使うことで心が豊かになり、ワクワクできる、といった体験を消費者の皆様に直接お届けしたいという思いからです。ただそれだけでは、まだ少しご飯が食べられないようですので(笑)、バランスをうまく取って行けたらいいなと思っています。
―毎日使うものだからこそ、作り手の思いが詰まったもの、そして自分自身が嬉しくなるものを選ぼうと思いました。今回は、お話、ありがとうございました!
「DOUBLE STAR タントロ」
価格:¥605~(税込)
店名:くすばしタオル
電話:0898-32-6001(9:00~18:00 土日祝日除く)
定休日:土日祝日、インターネットでのご注文は24時間365日受付
商品URL:https://www.towel-lab.com/categories/624112
オンラインショップ:https://www.towel-lab.com
「KuSu organic」
価格:¥935~(税込)
店名:くすばしタオル
電話:0898-32-6001(9:00~18:00 土日祝日除く)
定休日:土日祝日、インターネットでのご注文は24時間365日受付
商品URL:https://www.towel-lab.com/categories/2902982
オンラインショップ:https://www.towel-lab.com
※紹介した商品・店舗情報はすべて、WEB掲載時の情報です。
変更もしくは販売が終了していることもあります。
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楠橋功(楠橋紋織株式会社 代表取締役社長)
1971年北海道生まれ。1994年に札幌の大学を卒業後、東京の建設会社に就職。2002年結婚を機に楠橋紋織へ入社。2004年に同社取締役に就任し、2017年代表取締役社長に就任。
<文・撮影/鹿田吏子 MC/柴田阿実 画像協力/楠橋紋織>