オーダーによって縫製される一点ものの高級仕立服を、オートクチュールと言います。今回、アッキーこと坂口明子編集長が注目したのは、そのオートクチュールで施すビーズ刺繍のブローチ。パーティやショーなどの華やかな場で着用されるイブニングドレスに欠かせない装飾で、一針一針、手作業で施される美しさに魅了されました。
そのオートクチュールビーズ刺繍を世界に広めているのが、世界中の著名なデザイナーから絶大な評価を得るビーズ刺繍デザイナー・田川啓二氏です。田川氏が代表を務める「チリア(TILIA)」では、展覧会やファッションショー、企業とのコラボ、刺繍教室ほか身近に着けられるブローチなどのアクセサリーなどの制作販売も手掛けています。オートクチュールビーズ刺繍に込める思いを取材陣が伺いました。
パリのメゾンに愛されるオートクチュールビーズ刺繍。幾重にも重なる光の美しさをブローチで纏って
2024/09/05
株式会社チリア 代表取締役、文化学園大学特任教授の田川啓二氏
―最初からファッション業界志望ですか?
田川 高校生くらいまでは特に将来なりたい職業もなくて、おしゃれが好きだったので服飾系の学校と迷ったのですが、父からの助言もあり明治大学の法学部に進学しました。弁護士になる夢は1週間であきらめ(笑)、普通に学生生活を送って就職活動をしているうちに、自分がファッションに興味があることを思い出したんです。
―それで、ルックという企業に入社。
田川 当時はレナウンルックという社名でした。婦人服を手掛ける会社です。父、祖父、曽祖父と、代々、繊維業界に勤めていたので、衣料に関する仕事がDNAに組み込まれているのかなぁなんて、なんとなく思っていました。小さい頃からスワッチと呼ばれる生地のサンプルをまとめたものが家にあって、それで遊んでいるような子どもでしたから。
でも、デザイナーとかではなくて、営業職での採用です。婦人服をガンガン販売して「売る営業マン」なんて呼ばれていたんですよ!
―今度はファションの専門学校生に?
田川 婦人服を売っているうちに、ファッションは一生続けるべき仕事だと思えてきたんです。もっと洋服について勉強したい、知識を増やしたい、と思って夜間の服飾系の専門学校に、会社勤めしながら1年間通いました。大学までは授業なんかまるで聞くタイプじゃなかったのに、ノートを取って、どんどん内容を吸収して、これなら辞めても大丈夫、ファッション業界でやっていける、と確信するまでになり、2年で退職。全日制の専門学校に入り直し、27歳まで通って独立しました。
―思い切りましたね!
田川 でも卒業してもデザイナーにはなれませんから、いきなりの挫折です。ちょうどジャン・クロード・ジトロワという高級服ブランドでマネージャーを募集していたので、得意の販売力を生かそう、と思って働き始めました。ここはジャケットが1着150万~200万円もするようなブランドなんです。高くても安くても、値段に関係なく丁寧な仕事で売る技術を学びました。
ここではオートクチュール刺繍も扱っていて、その美しさに心惹かれるものがありました。母や叔母がフランス刺繍をやっているのを子どもの頃から見ていたので、ある程度その作業の大変さはわかっているつもりだったんですが、オートクチュール刺繍に関しては、最初はまったくわからず、「この緻密な技法はどうなっているんだろう?」と興味津々でした。
一針一針、丁寧に縫いとめられていく
オートクチュール刺繍は、作業時間も膨大。
―オートクチュール刺繍との出合いですね。
田川 運命的な人物との出会いも重なりました。ジトロワの仕事で、南仏のお城で行われたショーに行っていたのですが、買い付けが終わって食事の時間となった時、席の隣に座った女性がインドで刺繍をする会社の社長さんだったんです。クリスチャン・ラクロワの刺繍ジャケットを着ていらして、その緻密さに目を奪われていたら、この刺繍は自社のインドの工場で施しているのだと教えてくれました。
―フランスではなく、インドなのですか。
田川 インドにはもともと伝統的な工芸品としての刺繍文化があります。卓越した技術をもつ熟練の男性職人が手間と時間をかけて、各地のマハラジャたちのために刺していく、格調高いインド刺繍です。繊細でエレガントなフランス刺繍と比べ、男性的で力強くモダンなデザインのものが多いのが特徴とのことでした。
お城から空港までの帰り道、偶然その社長とタクシーに同乗することになり、インド刺繍について教えてもらって、連絡先も交換しました。
―その時は、まだ独立前のこと?
田川 はい。自分が起業したらその社長に連絡して、取引したいなと、打算的なことを考えていました(笑)。ところが帰国して1週間後、その人から「日本でインド刺繍を売り込みたいからアテンドしてほしい」とFAXが届いたんです。他にツテもなく困っているようだったので、会社を休んでアテンドしました。いろいろなデザイナーにアポイントを取って、サンプルをもって売り込みに回ったところ、これが大成功。多くのデザイナーから取引したいと言ってもらいました。
―さすが営業マンの実力発揮ですね!
田川 そうなるとエージェントが必要です。テキスタイルやパターンの知識があって、デザインもできる、そんな条件を満たすエージェントは自分しかいない、そう思いました。なによりこの仕事をだれにも渡したくない、インド刺繍をこの手で日本の女性に紹介したい、そう強く感じて起業することにしたのです。1989年でした。
―社名「チリア」にはどんな意味を込めたのですか?
田川 「チリア(TILIA)」という名前は、インドで使うヒンドウー語で「小鳥」を意味します。チリアという音の響きもキラキラ輝くビーズ刺繍に相応しいと感じましたし、自分のなかでは雀や小鳥がラッキーアイテムになっているんです。そんな理由で、自分の会社の名前もブランドの名前も「チリア」にしました。30年以上前のことです。
オートチュールビーズ刺繍を施した豪奢なイブニングドレスの数々は、
田川啓二美術館に常設展示されている。
田川 「チリア」設立と同時にインドのニューデリーにアトリエを構え、オートクチュールビーズ刺繍を手掛け始めます。当時、日本人デザイナーでは森英恵先生だけがパリや日本でフランスのオートクチュール刺繍を取り入れていましたが、私はヨーロッパではなくインドの職人を選びました。
男性的で力強いインド刺繍をアレンジした、オリジナリティあふれるモダンで現代的なデザインは、世界的に著名なオートクチュールデザイナーたちをはじめ、多くのファッションデザイナーに愛され、他に類を見ないと高い評価を得ることができました。インドはヨーロッパと比べて人件費が安く、コストが抑えられるという点も大きかったと思います。
―デザインするうえで大切にしていることを教えてください。
田川 光の反射に個性を出すことを意識しています。ビーズ、クリスタル、スパンコール、金属モール、パール、金糸銀糸をはじめとした最高のマテリアルを駆使し、立体的に縫いとめていくのがオートクチュール刺繍の特長ですが、その角度や配置、サイズによってそれぞれの反射の仕方が異なるので、デザイン設計で特徴が出るようにと計算をするのです。例えばパーティの席のドレスなら、座っている時は邪魔にならないよう落ち着いた光り方に、でもひとたび立ち上がってドレスが動くと光も動き出してキラキラと反射し、皆の視線を集めるようにします。ティンカーベルがさっと星屑を出すかのように、無数の繊細な細かい光が瞬いて目が奪われるのです。着る人の体型や動きの特徴を考慮に入れることもあり、私のデザインは見たこともない光り方をすると、よく言われるんですよ。
立体的に重ねられたスパンコールやビーズは、動くことで様々な光を放つ。
―今回ご紹介いただくブローチにも、この手法が?
田川 はい。美しいドレスの世界観を、この小さなアクセサリーのなかに詰め込むつもりでデザインしました。豪奢なドレスであっても小さなブローチであっても、身につける方の動きに合わせて生まれる光の輝きをイメージして、立体的に設計しています。
ただギラギラと光って目立つのではなく、品のある存在感を醸し出すよう考えました。ポイントはあえて光らないところをつくることです。この小さなスペースのなかに、ビーズや金属モール、スパンコールなど様々な材料を使い、糸の刺繍も混ぜ込んで、繊細な色や反射の違いを表現。立体感を出すことで、つけた洋服自体に刺繍されているような印象を与え、上品さを出すようにしてあります。
職人たちが一針ずつ時間をかけて作っている。
完成までに30時間かかるそう。
―鳥モチーフのブローチは、鮮やかなブルーが目を引きます。
田川 フライングバードブローチの名のとおり、尾の部分を2枚仕立ての別パーツにしてドッキングさせ、青い鳥に動きを持たせるようにしました。光の反射はもちろん、たくさんの刺繍のテクニックを盛り込んで、羽根の影や尾の重なりなど表情豊かに見えるよう、角度や向き、ビーズを置く位置などすべて緻密に狙っています。
凝ったつくりで立体感はありますが、全体としてカジュアルなデザインになっていますので、Tシャツや上着に合わせるなど、シンプルな服で普段使いしてください。また、バッグや小物などのアクセント使いとしてもコーディネートしやすく、手軽にお楽しみいただけます。
―シルバーの花モチーフは、揺れるフリンジがすてきです!
田川 こちらは少しエレガントなので、フォーマルでもカジュアルでも、シーンを選ばず幅広い年齢層の方にお使いいただけると思います。デザイン線をツイストワイヤーでとり、花束をスパンコール、丸ビーズ、竹ビーズ、糸などお花ごとに刺し分けてあるので、向きによって反射も華やかだったり控えめだったり、単調になりません。ジャケットやコートの衿元、バッグ、帽子、ストールなどにつけてコーディネートのアクセントとして、いろいろな動きを楽しんでいただきたいです。
カジュアルにもフォーマルにも合うと人気のデザイン。
立体的な美しさはオートクチュールビーズ刺繍の真骨頂。
そして軽いのも特徴。
―軽くて、つけやすいのも特長です。
田川 裏にブローチピンが取り付けられているので、自由に簡単に着脱できます。
同じデザインをジュエリーで作ると重くなってしまい、着けると傾いたり、薄い生地だとダメージを与えてしまうこともありますが、こちらは軽いのでセーターやブラウスにも気楽に合わせていただけます。
オートクチュール刺繍のブローチは、私がお教えするビーズ刺繍講座の生徒さんたちにも人気があります。身につけていると「それどこのブローチ?」とか「どこで買ったの?」と聞かれることが多いと生徒さんからよく聞いています。なかには電車で知らない人に「そのブローチ見せてもらえませんか?」と尋ねられた方もいらっしゃいました。
―講座も主催されているのですね。
田川 はい。オートクチュールビーズ刺繍の魅力をより多くの人に知ってもらいたいと思い、始めは少人数のサロンからスタートしました。昔、母や叔母たちが習っていたのが印象に残っていたこともあります。
それがとても評判になり、本もいろいろ出版しています。いまは会場(東京)で受講レッスンとそのライブ配信のほか、通信講座やキット販売もしています。
オートクチュール刺繡を教える教室はとても珍しく大人気、
全国から生徒が訪れるのだとか。
―では最後に、今後のビジョンをお聞かせください。
田川 昨年、2023年4月に栃木県・那須高原の森の中に田川啓二美術館をオープンしました。ここで、これまで培ってきた知識や技術を駆使した文化事業を推進していきたいと考えています。館内には私自身の作品はもちろん、伝統的な職人の手仕事が凝縮しているさまざまなアンティークコレクションなども展示しています。また、刺繍好きな人たちが集って発信したり、ワークショップやギャラリートークなどのイベントも開催して、体験しながら学べるスペースとして展開していきます。
栃木県那須に2023年にオープンした「田川啓二美術館」https://tagawakeiji-art.com/
美術館のエントランスホールに飾られているドレスは、
個性あふれる田川啓二デザインの真骨頂。
ミュージアムショップやカフェも併設。
田川 私が縁あってオートクチュールビーズ刺繍を手掛けて約35年。たとえば、小さなブローチひとつにも、伝統技法の歴史をつなぐ職人たちのストーリーが込められています。それにまだ触れたことのない方、全くご存知ない方も大勢いらっしゃると思います。この魅力をもっともっと知っていただけるよう、さらに努力していきたいと思っています。
―すてきなお話を、ありがとうございました!
「フライングバードブローチ ブルー」
サイズ:約縦4.5×横7cm
価格:¥7,370(税込、送料込)
店名:チリアエンブロイダリーショップ
電話:03-3494-1003(11:00~19:00)
定休日:インターネットでのご注文は24時間365日受付
商品URL:https://tiliaembroidery.com/items/60094d3d6728be20a8bd1889
オンラインショップ:https://tiliaembroidery.com/
「ビーズ刺繍のブローチ花 シルバー」
サイズ:約縦6×横4.5cm ※縦はフリンジ部分を含む長さ
価格:¥8,250(税込、送料込)
店名:チリアエンブロイダリーショップ
電話:03-3494-1003(11:00~19:00)
定休日:インターネットでのご注文は24時間365日受付
商品URL:https://tiliaembroidery.com/items/6135f6638c1a5b63123cb3e8
オンラインショップ:https://tiliaembroidery.com/
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田川啓二(株式会社チリア 代表取締役、文化学園大学特任教授)
東京都生まれ。1989年株式会社チリア設立と同時にインドにアトリエを構え、オートクチュールビーズ刺繍を手がけ始める。1996年刺繍教室を開講。全国各地での展覧会、刺繍教室、イブニングドレスだけのファッションショーなどの開催、企業とのコラボレーション、数々のテレビ、ラジオ、雑誌、YouTubeチャンネル「徹子の気まぐれTV」への出演など、幅広く活躍中。
<文/亀田由美子 MC/伊藤マヤ 画像協力/チリア>