すっかり人気が定着した感のある、抹茶スイーツ。コンビニにも、スーパーにも様々な商品が並んでいます。今回、アッキーが気になったのは、1860年(蔓延元年)創業という老舗中の老舗、京都・宇治にある辻利兵衛本店の「京抹茶 竹バウム」。食べる前から、見た目のインパクト、緑色の鮮やかさに心躍ります。辻利兵衛本店の6代目となる、代表取締役社長の辻伸介氏に、開発のエピソードや商品に込めた思いを、取材陣がお聞きしました。
抹茶の魅力を五感でたっぷり堪能できる 辻利兵衛本店の抹茶デザート
2022/08/25
株式会社辻利兵衛本店 代表取締役社長の辻伸介氏
―創業以来160年という、大変歴史の古いお店ですね。
辻 創業者は、元々は山崎屋仙助といいまして、幼少家に辻家に養子に入られた方です。当時、辻家は農耕と餅屋をやっていましたが、仙助さんは12歳のときから家業を手伝って、あんころ餅を茶摘みさんたちに売り歩いていたそうです。それがちょうど幕末で、徳川幕府の衰退により、庇護を失った宇治の茶園が、どんどん退廃していたのです。茶園を回っていた仙助さんは、「こんなに素晴らしいものをなくしたくない」と、私財を投じて宇治の茶園を買い取り、「ヤマリ辻商店」を創業しました。まだ17歳だったそうですから驚きますね。「ヤマリ」というのは、仙助さんの父の山崎屋利右衛門の名前から「山」と「利」をとったものです。その後、仙助から利兵衛と改名し、苦心の末に宇治玉露を改良して「玉露」を完成させました。これにより、玉露がお茶の中で最も優れたものとして知られることになったそうです。昭和初期に「辻利兵衛本店」と改名しました。
明治のころ、熟練の職人たちが、手もみ製法で茶葉の形状を成形していた様子。
―現在、6代目の社長だそうですね。
辻 私は次男なので、お茶屋さんになるとは思っていませんでした。小学校の卒業文集に、「絶対お茶屋になりたくない」と書いていたくらいです(笑)。不動産会社の営業職についていたのですが、兄が他界してしまい、法事の席で父親(現会長)から「お茶屋でもやってみないか」と言われたのをきっかけに、お茶屋の道に進むことにいたしました。2001年に入社し、番頭見習いとして、時給750円の工場勤務からのスタートでした。営業職以外やったことがなかったので、どういうふうに自分の存在価値を出していけばいいのか悩みました。いろいろと苦労はありましたが、それも今になってみれば貴重な経験となりました。会長が私に「我慢すること」を学ばせようとしたのだと思います。2015年に、代表に就任しました。
―伝統のあるお店を背負うプレッシャーもあったのではないですか。
辻 元々、あまり苦労を苦労と思わない性格なんです。次男ということで、母から「好きに生きたらいいよ」と言われ、プレッシャーなく育ててもらったことがいい方向に出ているのかもしれません。考えなさ過ぎることもあって、怒られてばかりです(笑)。
―入社後、スイーツ事業を立ち上げられました。
辻 はい。抹茶スイーツが世の中に出始めたころでしたが、食べてみると物足りなかったんです。「ほんまもんのお茶の味を知ってもらいたい」という強い思いから、スイーツ事業に乗り出しました。物置きにパソコンを設置して、家族総出で商品開発、商品デザイン、商品の名づけなど夜通しでおこなっていたのが、今ではいい思い出です。うちはそれまで小売業はやっていなかったので、開発したスイーツ商品を持って、私も全国を売り歩きました。商店街やスーパーの売り場の片隅に毛氈を敷かせてもらい、商品を並べて。そこからのスタートだったので、楽しかったですね。最初の5年くらいはなかなか売れませんでした。売れ残ったものを、うちの家族で朝昼晩よく食べていた思い出があります(笑)。しかし次第に認知されるようになり、販路が広がって、空港や高速のサービスエリア、百貨店などにもお店を展開することができました。最近は、抹茶スイーツを食べられたのがきっかけで抹茶のおいしさに目覚めて、もう1度お茶を好きになったと言ってくださるお客様も多くて、それがすごく嬉しいんです。
インスタでも話題の「京抹茶 竹バウム」。贈り物にもぴったり。
―「京抹茶 竹バウム」は、竹の色と形が本当にきれいで、開ける前からワクワク感がある商品です。どのようにして生まれたのでしょうか。
辻 2010年に羽田の新国際線が開港されるにあたって、海外の方も多く来られる場所であることから、「看板商品として、京都らしい商品を提案してほしい」というありがたい声を頂戴したのがきっかけです。「年輪」のイメージがあるバウムクーヘンで、抹茶スイーツを開発しようと思っていた矢先に、事情があり、提携先の工場を変えないといけなくなってしまったんです。オープンが3か月後に迫っているときでした。新しい提携先を探して走り回っているときに、たまたま車の中から竹林を見かけたんです。京都は竹の都でもあります。竹をテーマにしたスイーツはできないだろうかと考えました。さらに調べてみたら、面白いことが分かったんです。昔は京都市内から宇治まで、竹を船に積んで川を流して運び、茶園の棚枠を竹で作っていたそうで、そのことが、抹茶が宇治に根付いて発展した理由だというのです(諸説あり)。宇治抹茶が育まれた文化背景と、京都の竹林のイメージが結びついて、「濃厚な宇治抹茶の旨味と香りを、青竹に見立てた形に閉じ込める」というコンセプトが生まれたのです。新しい提携先の工場にご協力いただいて、なんとか商品を作り上げることができました。年配の方だけでなく、若い方にも「かわいい」と言っていただき、幅広い年代の方にご愛顧をいただいています。竹は縁起のいいものなので、何かの記念のときにまとめ買いしてくださる方もいます。
青竹のような美しい色のスイーツ。
―香りのよさや美しい緑色には何か秘密があるのでしょうか。
辻 弊社のスイーツは、商品ごとに使用する抹茶原料が異なります。ソフトクリーム、生クリーム、焼き菓子、ソースに使う原料はすべて違います。また、ソースでも、かき氷、ラテ、パフェ、わらびに使うソースは全部違うのです。竹バウムでも一番こだわったのは、やはり使用する抹茶を選定するところです。美しい色味が出てほしいので、青みの発色が強い「奥みどり」という品種をベースに使用し、濃くてもえぐみがなく、薫りが残るよう、焙煎をいれた抹茶原料とブレンドして、バランス良く仕上げました。高温状態で抹茶を攪拌すると、どうしても色と香気が飛んでしまいます。これを調整して、芯棒のところも焦げすぎないよう、すべて製造ロットごとにチェックを徹底しています。見た目でほとんどわからなくても、季節の変わり目などで、検食した際に焦げ臭が一定以上あるものは、出荷せずにはじいております。
白玉の食感と、北海道小豆餡の上品な甘さが、抹茶の香りを引き立てる「やまりゼリー」。
―そこまでこだわっておられるのですね。「やまりゼリー」についても、開発でこだわった点を教えてください。
辻 やはり最もこだわる点は、使用する抹茶原料の選定です。冷やして食べるものは、どうしても香りが抑えられるんです。アルコールも同じですよね。さらに、上質な宇治抹茶の薫りが消えないように、棚乾燥で通常1度の焙煎を、2度行っています。それも、鮮やかな抹茶の濃緑色が飛んでしまわないように低温で行うことで、薫り立ちと鮮やかな色味を楽しんでいただけるようになりました。味の決め手となる、別添えの「追い抹茶ソース」は、茶の香気が飛んでしまわぬよう、製造工程で温度が下がる瞬間をとらえて、専用の抹茶原料を練り合わせています。それが、濃厚でいて上品な甘さと抹茶の余韻がいつまでも長く残る理由です。夏の暑い日に、ガラスのきれいな器に移して、冷たいお煎茶と一緒に味わっていただいたら、よけいおいしいと思います。アイスをのせていただくのもおすすめですよ。
―社長が考える「いい抹茶」とは。
辻 ふたつあります。まずひとつ目は、お客様に「おいしい」とおっしゃっていただけるもの。
この「おいしい」という言葉は単純なようですが、すべてが詰まっています。味や香りだけでなく、召し上がるときの空間、スタッフの対応、価格帯、すべてのバランスが整って「おいしい」という言葉になるとうちは考えています。もうひとつは、こちら側が、「こんなにおいしい抹茶をお客様に知っていただきたい、味わっていただきたい」と思えるようなお茶です。弊社の抹茶は、1年から1年半ほど冷蔵で寝かせて熟成させております。新芽のときには大変なアクのある茶葉が、寝かせることでアクがまろやかになり、旨みとコクと余韻が長い香りに変化していきます。ただ、アクの質を見極めることが非常に重要なんです。そのためには、枯れたときの味を想像します。いいアクのものを枯れさせて熟成させたら、それが旨味の塊になって、芳醇な香りに変化します。余韻が残って、すごく鼻に抜けるんです。そういう意味で、お茶はワインづくりと非常に似ているといえます。だからフランスのワイン農家の方は、宇治に勉強しに来られているんですよ。
―昔ながらの製法を引き継いでいらっしゃるそうですね。
辻 たとえば茶摘みは、機械でなく手摘みにこだわっています。機械刈りだと、新芽の葉の部分がカットされてしまうので、蒸す工程に行く前に、酸化しやすくなるのです。手間はかかりますが、やっぱり譲れないところです。茶摘みの20日前くらいには、葦と稲わらで新芽を覆って直射日光を遮り、茶葉の旨味や甘味成分を増幅させるという栽培方法を行っているのですが、うちの上級宇治抹茶に関しては、40日以上も被覆しています。だから旨味がすごく強くて、藁の香りも最高なんです。葉っぱのまんま食べられるくらいおいしいですよ。また、摘んだ茶葉は、昔ながらの石臼で挽いています。1時間に30グラムくらいしか挽くことができず、手間暇がかかりますが、挽きあげる際に臼の外周(目立てがない箇所)で自然の摩擦焙煎ができるため、湯を注ぐと何ともいえない香気が鼻に抜けます。弊社の最上位抹茶などは、御注文をいただきましてから碾茶を石臼で挽き上げております。茶園の茶葉は、一期一会です。同じ茶園の同じ場所で、同じ時間に同じ茶摘み師さんが摘んでも、同じ味のお茶にはならないんですね。熟成の仕方、ブレンドの仕方、焙煎の仕方などで全く変わってきます。いわゆる高級抹茶というのはちょっとだけ焙煎して、あえて生っぽい味に仕立てます。「シングルオリジン」という言葉を最近お聞きになると思いますが、お茶でシングルオリジンでなりたつのは、ほんの一部の高級茶葉です。宇治茶は、やっぱり連綿と茶師により受け継がれたブレンド技術が醍醐味だと思います。ブレンドすることで、お客様にもいろんな味の階層を楽しんでもらえます。口に含んだ瞬間の旨味とか、余韻とか、味の変化を楽しんでいただけたら嬉しいですね。
―手軽に抹茶を楽しめる商品も扱っていらっしゃいますね。
辻 お濃いくち「宇治抹茶グリーンティ」は、溶かすだけで飲めるので手軽です。2度焙煎する製法で、一般のグリーンティの約3倍の濃度に仕上げています。レシピ通りに作った液を凍らせて、グラスに入れてミルクを注ぐと、抹茶のラテになります。時間とともに溶けていく変化も楽しめますし、見た目もきれいですよ。バニラアイスにそのままかけて、抹茶アイスとして楽しんでいる方もいらっしゃるようです。「宇治抹茶」も、ぜひ手軽に楽しんでもらいたいですね。茶筅を使わずに、ふつうに溶いていただくだけでもものすごくおいしいんです。白いご飯にかけてお茶漬けにしてみてください。ちょっとだけ塩を入れて。天ぷらや白身魚の刺身を抹茶塩で食べていただくのも、最高です。お酒とも合いますよ。ちなみに先ほどの「竹バウム」も、薄ーくスライスしてから、トースターで表面ちょっとパリッと焼いていただくのもおいしいですよ。クリームや蜜をかけていただくのもいいし、トマトやチーズをのせて、オリーブオイルを垂らしていただくのも、おすすめです。シャンパンや白ワインとも合いますよ。いろいろと楽しんでいただけたらと思います。
―これだけ長い間お客様に愛され続ける秘訣はなんでしょう。
辻 初代が、「こんなに素晴らしいものを失いたくない」といった茶園を、守り続けてきたということですよね。茶園の恵みに感謝し、そこからいただくお茶で商いをさせていただいていることを忘れないことと、お客様に笑顔になっていただくために、味筋、原料、商いに対して嘘をつかないということです。だから、なかなか儲からないんですよね(笑)。お客様が求めてくださるもの、すなわちよく売れるものって、たいがい原価が高いものです。お客様の嗅覚はすごいと思います。20年前と違って、今は本当にいろいろな抹茶スイーツがありますが、うちの商品は、宇治のお茶屋だからこそ作れるものだと思います。それだけは、大切にしていきたいです。
―今後のビジョンについて教えてください。
辻 2020年9月に、海外進出の1店目として、ロサンゼルスに出店することができました。日本と同じ原料を使って、同等以上の濃さになっています。これからも、さらに店舗数を増やしていきたいです。みんなでお茶を囲んで生まれる空間は本当に素敵なので、そういう空間を国内にも海外にも増やしていけたらと思っています。これからも、宇治の恵みを茶園より授かり、それを活かすことだけを考えながら、世界中に、宇治茶を通した緑の幸せを広げていきたいです。
―本日は楽しいお話をありがとうございました!
「京抹茶 竹バウム」
価格:¥1,944(税込)
店名:辻利兵衛本店
電話:0774-23-1111(土・日・祝日を除く9:00~17:00)
定休日:インターネットでのご注文は24時間365日受付
商品URL:https://item.rakuten.co.jp/tsujirihei/100-53/
オンラインショップ:https://www.rakuten.ne.jp/gold/tsujirihei/
※2023年6月現在、電話もしくはメール( info@tsujirihei.co.jp) からご注文いた
「やまりゼリー」(2個入り)
価格:¥1,188(税込)
店名:辻利兵衛本店
電話:0774-23-1111(土・日・祝日を除く9:00~17:00)
定休日:インターネットでのご注文は24時間365日受付
商品URL:https://item.rakuten.co.jp/tsujirihei/100-82/
オンラインショップ:https://www.rakuten.ne.jp/gold/tsujirihei/
※Web完売の場合は御電話にて御注文ください
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辻伸介(株式会社辻利兵衛本店 代表取締役社長)
1977年1月京都宇治に次男として生まれる。2001年辻利兵衛本店へ入社し、番頭さんの御付きとして工場勤務より開始。同時にスイーツ、デザイン、ディスプレイ等販促企画ブランディングコンセプトをすべて立ち上げ、抹茶スイーツ事業を立ち上げた。全国催事にて、机と毛氈にて陳列しお客様へ売り歩く。2015年5月24日、初代利兵衛生誕日に本店茶寮がリニューアルオープン。同年5月26日に代表取締役社長へ就任。
<文・撮影/臼井美伸(ペンギン企画室) MC/根井理紗子 画像協力/辻利兵衛本店>