向上心と情熱が支える不撓不屈の精神で、異彩の経歴を歩む杜氏がいます。全国を飛び回って見つけるこだわりの酒を販売しながら、自らが納得する酒造りを追及する多忙な日々。今回編集長アッキ―こと坂口明子が気になった株式会社中山道大鋸 代表取締役の大鋸伸行氏に、取材陣が伺いました。
お酒への愛情と仕事へのプライドが醸す切れ味「森(ふかもり)」「春一番地」
2022/09/20
株式会社中山道大鋸 代表取締役の大鋸伸行氏と妻ののり子さん
―酒類販売会社の3代目でいらっしゃいますね。
大鋸 1931年に祖父が創業しました。当時はとにかく物がない時代で、「頼むから酒を売ってほしい」と請われるほどだったと聞いています。その後父が継いだのですが、51歳で他界。まだ学生だった私は、とりあえず高校だけは卒業し、進学を断念して名古屋に修業に出ました。そのまま名古屋で働き続ける選択肢もありましたが、父の他界後お客様が激減し、アルバイトをしながらなんとか店を続けてくれた母と年老いた祖母を地元に残していたので、家業を継ぐことを決めました。
―3代目とはいえ、実質ゼロかマイナスからのスタートになったのですね。
大鋸 顧客はすっかりいなくなり、酒屋だけでは到底暮らせませんから、午前中は学校給食のセンターでアルバイトをしました。なんとかお客様を増やそうと試行錯誤。「ビール1ケースお買い上げで2本プレゼント」なんて施策を打ったり、妻のアイデアで、問い合わせ電話代と称して10円を付けたチラシを配ったりしましたね。地元で有名な居酒屋に納入していた酒屋が配達をやめたと聞けば真っ先に営業にも行きました。文字通り1軒1軒、個人や飲食店のお客様を増やしていきました。
―軌道に乗ったと感じられたのは?
大鋸 大きな転機となったのは、とある焼肉チェーンの支店が地元にできるときでした。フランチャイズのオーナーが県内に住んでいると聞きつけて、なんとか話ができないかと通い詰めました。大手でしたから、本部と契約している酒屋はすでにあったのですが、そのオーナーが私に任せてくれたのです。30歳ぐらいだったと思います。
―販売店としての足固めがようやくでき、次に目指したのは?
大鋸 ディスカウントの酒屋やコンビニでの酒販売が増えていたので、価格や利便性で勝負するのではなく、こだわりの酒を扱うことで差別化しようと。34歳の頃からでしょうか、自分の足で全国を回るようになりました。すると、手作業を大切に、丹精込めて造られた酒にどうしようもなく魅力を感じるのです。九州の焼酎にしても、東北の日本酒にしても。そうしたこだわりの焼酎や地酒を、造り手である蔵元から直接入荷して販売するようになりました。
―こだわりの酒蔵を回る中で、酒造りを手掛けたい思いが芽生えたのですか?
大鋸 扱う酒の魅力をどうにかして伝えたいと、利き酒師の資格を取ったり、懇意の酒蔵で蔵子(杜氏の下で酒造りをする人)のまねごとをさせてもらったりしましたが、どうしても人のふんどしで相撲を取っている感覚が抜けなかったのです。汗水流して酒造りをしている人の汗の結晶を、ただ売るだけの自分を情けなく思えてしまって……。
―とはいえ、自分の酒蔵をもつのは簡単でないのでは?
大鋸 いつかはと思いながらも、具体策が見つけられずにいたところ、店舗のある岐阜県中津川市内に、跡取りのいない酒蔵があると聞きつけました。森の奥深くで江戸時代から続く小さな酒蔵。話を聞けばやはり跡取りはなく、杜氏が現役を退いたらたたむかもしれないとのこと。私なりに葛藤もありましたが、「それなら私に継がせてください」とやっとのことで言い出しました。予想どおり「無理だろう」との返事。当然ですよね、長年勉強して酒造りの理屈は知っていても経験がない。首を縦に振ってもらうまでの苦労は、とても言葉で表すことができません。
―熱意が伝わったんですね。杜氏としての第一歩はどのように?
大鋸 日本にただ1つ広島にある、酒類に関する国の研究機関、酒類総合研究所の酒類醸造講習を受けることにしました。ある程度経験のある若手に向けたものだったので、経験や年齢の点でかなり無理をして受講資格を取りました。ですが、ここでも挫折の連続。なんといっても経験がないので、周囲が当たり前に答えられる質問がわからない。毎日苦しくて、広島の海を見て涙を流しました。49歳ですよ。
辞めて帰ることもよぎりましたが、中津川には、自分が説得した醸造所が待っている、背水の陣。ここで逃げ出すわけにはいかない、本来の目的を忘れてはいけないと自分を奮い立たせ、自主勉強も積みながら、なんとか2か月間の講習を終えました。
いよいよ先代杜氏に指導してもらいながら実際の仕込みです。50歳で初めて出来上がった酒は、とても辛口になってしまいました。
―22代目当主を継がれたのは「山内酒造」ですね。
大鋸 岐阜県産の酒造好適米ヒダホマレと醸造所裏の清らかな伏流水を使って、昔ながらの製法で造っています。江戸時代から続く「小野櫻」と期間限定の「春一番地」の2ブランドがありました。先代との約束でスペック(原材料や精米歩合、アルコール度数などを記したラベル)は変えない約束でしたので、同じようにしています。「春一番地」に関して言うと、私になって少しすっきりキレが良くなったと思うのですが、それは、洗米時に「限定給水」をすることにしたからだと思います。
先代のスペックを引き継ぎつつ丁寧に仕込むことでブラッシュアップ。
―限定吸水とは?
大鋸 ストップウォッチを使って、米の吸水時間をきっちり計ります。この吸水率が、仕上がりを大きく左右するんですよね。広島時代に習いました。苦しかった広島時代のことは、座学にしても実習にしても、今、大いに役立っています。そのとき知り合った杜氏仲間にも相談したりアドバイスをもらったりと、良い出会いになったと感じています。
―22代目としてつくられた新ブランドが「森(ふかもり)」ですね。
大鋸 「春一番地」は辛すぎずフルーティーな香りがあり、心地よい切れ味の中にほんのり甘さを感じます。それに対して「ふかもり」はキリッとした超辛口、後味にお米の旨みを感じる酒を目指しました。ヒダホマレに加えて岐阜県産の五百万石を使用、限定吸水、酵母の酒類もいろいろ試し、今の味わいになりました。
22代当主としての新ブランドはスッキリとした辛口酒。
―ロゴも特徴的ですね。
大鋸 深い森の中の蔵で造られた日本酒というのを表したくて。知り合いのデザイナーがいろいろ提案してくれた中で、森を3つ書いて「ふかもり」と読ませる粋なアイデアに、よしこれだ! と。
深い森の中をイメージさせるラベルデザイン。
―おすすめの飲み方は?
大鋸 どちらも食中酒として楽しんでください! 私は、妻の100点の料理も、酒を合わせることで120点になると、常々思っています。逆に、100点の酒も料理と一緒に楽しむことで120点になるのです。
どちらも、和食にとどまらず幅広い料理と合いますよ。日本酒というと刺身や寿司というイメージが強いと思いますが、多分に漏れず寿司との相性は抜群です。
「春一番地」は肉料理や少し濃い料理にも負けません。
「ふかもり」はフライより塩で食べる天ぷら、筑前煮よりは出汁を効かせた薄味の煮物が合うのではないでしょうか。
家庭料理とも互いに引き立て合う。
寿司との相性は抜群!
―今後の展望をお聞かせください。
大鋸 「ふかもり」は、品質保持や配送のために火入れもしていますが、実は、醪を入れた酒袋をつるし、自然の重力で滴る雫を瓶詰めしたものや、無濾過の生原酒もあり、格別なおいしさです。山内酒造では、江戸の時代から続く製法や木の道具を大切にしています。そこに、時流や新しい技術などを取り入れながら、手作りならではの丁寧な酒造りを永続的にしていくつもりです。
販売店の方も、食材や料理に合わせたお酒をご用意する一棟貸しコテージをオープンしましたが、丁寧に造られたおいしいお酒を楽しんでいただける提案をどんどんしてきたいですね。
醸造所、販売店、どちらも、「自分がぜひ継ぎたい!」と誰かに言わせるまで続けたいと思っています。
―素晴らしいお話をありがとうございました!
「春一番地 純米吟醸無濾過生原酒」
価格:1.8L ¥3,100・720ml ¥1,550・300ml ¥649(全て税込)
店名:物語のあるお酒と食品 中山道 大鋸
定休日:インターネットでのご注文は24時間365日受付
商品URL:https://www.nakasendo-ohga.com/products/detail/6
オンラインショップ:https://www.nakasendo-ohga.com/
「ふかもり 純米吟醸 火入」
価格:1.8L ¥3,080・720ml ¥1,540・300ml ¥594(全て税込)
店名:物語のあるお酒と食品 中山道 大鋸
定休日:インターネットでのご注文は24時間365日受付
商品URL:https://www.nakasendo-ohga.com/products/detail/5
オンラインショップ:https://www.nakasendo-ohga.com/
※紹介した商品・店舗情報はすべて、WEB掲載時の情報です。
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<Guest’s profile>
大鋸伸行(株式会社中山道大鋸 代表取締役/山内酒造株式会社 代表取締役杜氏)
高校卒業後、名古屋の酒販店で3年の修業をした後、1931に祖父が開業した酒屋を継ぐ。他店との差別化を図るべく「酒専門店」として全国の蔵を何度も訪れ、蔵元と直接取引の酒を中心に販売。蔵の造りや真髄を追求する度に、「いつかは自分で造ったお酒を販売したい!」と思うようになり、50歳で夢をつかみ、第一歩を踏み出した。日本酒利き酒師、焼酎アドバイザー、ワインソムリエ、スピリッツアドバイザー、チーズコーディネーター、日本酒杜氏(酒類総合研究所卒業)保持。
<取材・文・撮影/植松由紀子 画像協力/中山道大鋸>