豆味噌に代表される愛知の味噌文化は周知のことでしょう。しかし、八丁味噌の歴史や奥深い味わいの理由、海外からの注目度など、広く知られていない側面も多いよう。今回編集長アッキ―こと坂口明子が気になった株式会社まるや八丁味噌 代表取締役の浅井信太郎氏に、取材陣が伺いました。
伝統を継承し世界に発信する老舗の挑戦「三河産大豆と神水仕込みの八丁味噌」
2022/12/23
株式会社まるや八丁味噌 代表取締役の浅井信太郎氏
―まずは、八丁味噌とまるやさんの歴史を教えてください。
浅井 まるやは1337年に醸造業をはじめたとされています。八丁味噌は江戸時代に生まれたようですね。愛知県岡崎市の岡崎城から西へ八丁(約870メートル)の距離にある八帖町(旧八丁村)の地名から名づけられています。旧東海道を挟んで向かい合ったうちともう1軒の老舗だけが作り続けている豆味噌です。
うちに残る最古の仕込み帳は1722年のものですが、製法自体は今とほとんど変わりません。当時は伏流水がとてもきれいだったので、川の水を引いて仕込んでいたとか、大豆も変わってきているので、タンパク質量など成分に違いがあるんじゃないかという程度です。
―八丁味噌の定義を教えてください。
浅井 豆味噌の作り方を簡単に言えば、蒸した大豆をつぶして丸め、麹菌をふきつけて大豆麹を造り、桶に入れ重石をして熟成させます。
この中で、(1) 八丁の地で (2) 大豆と塩のみを使って (3) 6尺(約1.8メートル)の木桶で (4) 丸い石を円錐状に乗せて重石にし (5) 二夏二冬(2年)以上熟成させた味噌を八丁味噌としています。大きな木桶で、1桶あたり6千キロの味噌を仕込むのですよ。
そして、その1/2以上の重さの、必ず丸い石を、職人が1個ずつ積み上げ、円錐状にします。ちなみに木桶は100年以上前のものも使っています。
八丁味噌ならではの醸造風景。
―八丁味噌の特徴は?
浅井 一般的な味噌に比べると水分が少ないので硬く、二夏二冬という長い時間をかけて熟成するので、色は濃くて黒に近い。大豆のでんぷんがすべて微生物によって分解された状態、つまり再発酵しないので加熱殺菌やアルコールの添加をする必要がなく、生きたまま出荷できます。
完全に熟成が終わっている、つまり、大豆に多く含まれるタンパク質も分解されて多様なアミノ酸になるため、濃厚で複雑な旨味と香りが生まれています。
硬くて色が濃くて濃厚な味わいが特徴の八丁味噌。
―赤味噌や赤だしとの違いは?
浅井 赤味噌、白味噌というのは見た目の色の違いです。赤味噌は濃い色をしていて、熟成期間が長く塩分濃度が高いものが多く、白味噌は白っぽくて甘さの強いものが多い。白味噌に赤味噌を混ぜると赤色が出てくることから「赤だし」、つまり調合味噌のことですね。
―米味噌や麦味噌との違いは?
浅井 蒸してつぶした大豆に、米味噌は米麹を、麦味噌は麦麹を混ぜて熟成させますが、豆味噌は大豆そのものを製麹します。これが肝なんですね。こぶし大に丸め、表面についたカビを育てるのですが、時間をかけて大きくします。愛知の他の地で作られている豆味噌は豆麹が小さいので早く仕上がりますが、八丁味噌にとっては大きいことが肝心なのです。
菌が中心まで均一に入ってほしいので、そのためには水分量も大切。水温が毎日違いますし、温度差や大豆の種類にも左右されるので、数字で計るのは難しく、目視が必須なので、職人が緊張するところです。
―300年以上同じ製法なのですね。
浅井 製法だけでなく、微生物も途絶えることなく継承しています。もちろん世代交代はあるでしょうが……。蔵の中にはたくさんの生物が生きているので、住みやすい環境を維持するため、洗剤は使用しません。
微生物にはそれぞれにきちんと役割があってバランスを取っているので、良い菌悪い菌と区別せず、住み家をなくさないようにしなければ。150~160年前の木桶をいまだに使っていますが、そこに生きる菌が味噌づくりにも作用しています。
生命が味噌造りに影響するのは、作業にあたるスタッフも同じ。人間が作っていますから、気持ちや感情が味噌に入るのです。角のないやさしい味噌にするために、スタッフが安堵して携われるよう、環境づくりには心を砕いています。
例えば、基本的に残業をなくしました。従業員は宝ですから、生活を守りたいのです。うちは比較的長く働いてくれる人が多いと思います。高齢化は進んでいて、77歳までいてくれた人もいたほどです。
―木桶も150年以上使い続けているとは。
浅井 大切に使えばまだまだ使えます。木桶の維持管理は大変ですが、文化継承という意味では大切ですよね。これほど大きな木桶を作れる職人さんはなかなかいませんが、新しい木桶も作ってもらっているんですよ。
毎年注文というわけにはいきませんから、長いスパンで職人さんに育ってもらう必要があると思っています。
―「三河産大豆と神水仕込みの八丁味噌」について教えてください。
浅井 これは自信作ですよ。原料の大豆は、杉浦実くんという私の同級生の農場マルミファームで作られています。「丹精込めて作っている自慢の大豆だから、味噌に使ってくれよ」と話があったのがきっかけです。牛舎から糞尿を集め、おがくずで2回発酵させてにおいを消した肥料を使い、一等大豆の増収に成功したそうです。
仕込みには、私の友人が営む柴田酒造場が酒造りに使っている水を使っています。「神水」という、地名の由来にもなった天然の井戸水を、山から持ってきています。硬度0.2のかなり柔らかい水らしいですが、私にとっては、友だちにもらう水というところが非常に嬉しくて大切です(笑)。
同級生の大豆×友だちの水×八丁味噌の歴史という3つの財産が掛け合わさってできた自慢の味噌です。
―どのような味わいですか?
浅井 長い歴史のある木桶を使っているので、国産大豆が原料であれば大きな差は出ないと思います。若干硬いかな、というくらいです。
原料から生産者の顔の見える味噌となり、関わりのある人と一緒に造ったことがポイントです。パッケージデザインも、親しい友人に任せました。
作り手や微生物など関わる生命の影響を受ける八丁味噌。
社長にゆかりのある人によって造られたのが「三河産大豆と神水仕込みの八丁味噌」。
―年間6尺桶1本分しか造られないとか。
浅井 酒蔵の大事な仕込み水を分けてもらい、初夏に仕込み始めたものを2年後の秋から販売するのですが、春先に売り切れてしまう年もあります。おかげさまで、これをめがけて買いに来てくださる方も多くて。
仕込み水に神水を使っていませんが、三河産大豆だけで作った八丁味噌もありますよ。三河は昔から農業が盛んで矢作川流域は大豆を作ってきた歴史があり、たくさん作られています。三河産大豆は、輸入大豆に比べると滑らかで角が少ないのが特徴です。
浅井社長の出身地である三河産にこだわった
「三河産大豆100%使用の八丁味噌」(税込\598/300g)。
「三河産大豆と神水仕込みの八丁味噌」と比べれば、
硬さや味の感じ方に違いがあって興味深い。
―味わい方を教えてください。
浅井 うまみ成分であるアミノ酸がたっぷりなのでそのまま食べてももちろんおいしいですが、味噌は主役でなく、脇役です。田楽にするにしても、豆腐やこんにゃくなどが主役。脇役としての重要な役割があって、カレーや焼肉、中華料理やフランス料理にも使えます。
一般的に、味噌は煮ると風味が飛ぶと言われますが、八丁味噌は煮込むほどに味わい深くなるので、どんどん煮立ててぐっとおいしくしてください。例えば味噌汁は、水から入れてほしい。少な目に溶き入れて、具を入れて煮詰めるのです。すると、味噌の旨味が具材と合わさってより一層味に深みが出ます。
色が濃いので塩味も強いという誤解がありますが、塩味より旨み、チーズのような濃厚な味わいが感じられるのではないでしょうか。
お手持ちの味噌に少し混ぜて使うのも◎。とがった塩味が消えてまろやかに、ぐっと良くなるはずです。
―浅井社長も料理をされますか?
浅井 毎朝必ず味噌汁を飲みます。自分でも、油揚げと鰹節を煮込んで作ります。冷蔵庫一掃料理の煮味噌もおすすめですよ。土鍋に張った水に、残った野菜を全部入れ、八丁味噌を、10円玉大にくらいに手でちぎって野菜に乗せるのです。蒸し煮にすることで、野菜から水分が染みて溶けやすくなります。味をみて、最後に味噌を足してください。
豆腐やキノコ、肉などの動物性たんぱく質もいいですね、使い道がないなと思う食材をすべて入れて煮込んで、長期熟成ならではの、煮込むほどにおいしい八丁味噌で野菜をたっぷり食べられます。
残りがちな野菜を鍋に入れ、八丁味噌をちぎって乗せて蒸し煮に。
野菜から水分が出て、味噌が柔らかく溶けやすくなる。
八丁味噌のうまみ成分が野菜をぐっとおいしくしてくれる。
具材と八丁味噌のうまみがたっぷり出た煮汁で締めの雑炊。
溶き卵でなくチーズも合う。
―洋食にも合うという話が出ました。
浅井 デミグラスソースのようなコクがあるので、カレーなどの隠し味に使われることが多いのです。小さじ1杯程度で味に深みが増します。
それを製品化したのが「みそかつカレー」です。衣がはがれやすいので難しかったですが、入ってないとつまらないとの想いで、一口とんかつを2個入れました。レトルトタイプで、湯せんや電子レンジで温めるだけと手軽です。
「一口」どころではない立派なトンカツが2個。
甘辛いみそだれをスパイシーにしたような濃厚な味わい。
―有機大豆の八丁味噌造りにも、かなり早くから取り組まれていますね。
浅井 1970年代にドイツへ留学した経験が大きいですね。質素倹約な暮らしぶりや、オーガニックを認める人の多いことが印象的でした。私が入社した1980年代の日本は、まだ有機という言葉が一般的に認知されていませんでしたが、いずれその時代が来ると確信していたので、いち早く取り組みました。
海外への輸出もしかり。歴史や伝統、ストーリーを大切にするヨーロッパの文化に合っていたと思います。ドイツでホームステイしていた際、日本の職人に対する関心は想像以上だと感じました。それは誇りだし、先祖に感謝すべきこと。ヨーロッパが憧れる日本の文化の伝道師になり、もう少し先に進めたいと思っています。
―海外に誇る日本の文化とは?
浅井 八丁味噌に関して言えば、技術と伝統と菌を継承し岡崎に根付いた文化ですよね。
熟成を終えて出来上がった味噌は、必要な分だけ職人がスコップでやさしく掘り出します。
生産性が悪いようにも思えますが、味噌にとっては親切な行為。必然なのでショートカットはしません。味噌自体が生まれた状態のまま食べてもらえたらと思うからです。
そんな繊細な部分のある文化が根付いて、日本が豊かになるんですよね。
―海外展開の展望をお聞かせください。
浅井 現在、ヨーロッパに向けて、木桶を作る動画を出しています。木桶を作り、味噌造りにつながるショートムービー。海外の味噌消費者に向けたものです。
私自身も、定期的に現地に行って味噌づくりの啓蒙を続けてきました。相手は日系人でなく、現地人。すでに現地では味噌は硬いのが当たり前になっているから、日本人相手よりやりやすいですよ。日本や発酵文化に興味のあるヨーロッパの若者に頼りにされる存在であり続けたいと思います。
―江戸時代から続く技術や道具、携わる人を大切にしながら、継承してきた微生物をリスペクト。海外展開や新商品開発への挑戦にも精力的で、八丁味噌のみならず、発酵文化や日本の伝統など実に広い視野で物事を捉えていらっしゃることが伝わります。すばらしいお話をありがとうございました!
「三河産大豆と神水仕込みの八丁味噌」(400g)
価格:¥1,188(税込)
店名:味噌の通販・お取り寄せ まるやオンラインショップ
定休日:インターネットでのご注文は24時間365日受付
商品URL:https://www.8miso-shop.jp/?pid=132139939
オンラインショップ:https://8miso.shop-pro.jp/
「みそかつカレー」(1食分/200g)
価格:¥745(税込)
店名:味噌の通販・お取り寄せ まるやオンラインショップ
定休日:インターネットでのご注文は24時間365日受付
商品URL:https://www.8miso-shop.jp/?pid=150862380
オンラインショップ:https://8miso.shop-pro.jp/
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浅井信太郎(株式会社まるや八丁味噌 代表取締役)
1949年、愛知県幡豆郡生まれ。東京農業大学卒業後、醸造会社に就職、1973年同社を退職し、単身西ドイツに渡る。帰国後、1981年まるや八丁味噌入社。伝統的な日本文化・産業は世界が認める貴重な遺産であり、世界に発信することは自分の使命と義務であると考え、有機栽培大豆で八丁味噌の醸造に取り組む。1987年アメリカ有機食品認定団体O.C.I.Aの認定を受け、これを世界に発信。現在約世界約20カ国に八丁味噌を輸出。社長就任後も自ら海外へ渡り、八丁味噌と日本の食文化を普及につとめている。
<文・撮影/植松由紀子 MC/和田英利 画像協力/まるや八丁味噌>