日本酒の一大産地であり、数々の銘酒を世に送り出している新潟県。県内には88の日本酒蔵元がありますが、今回、編集長アッキーこと坂口明子の目に留まったのは、来年創業200年を迎える金鵄盃酒造株式会社。2021年、2022年と2年続けて「ワイングラスでおいしい日本酒アワード」において金賞を受賞したお酒を醸している蔵元です。同社代表取締役社長の茂野知行氏にお話を伺いました。
”新潟淡麗”の伝統を頑なに守るべく新たなチャレンジをし続ける金鵄盃酒造「越後杜氏 純米大吟醸 越淡麗」
2023/01/30
金鵄盃酒造株式会社 代表取締役社長の茂野知行氏
―200年という長い歴史がありながら、「ワイングラスで味わう」という新たな価値を生み出されていらっしゃいます。それは、「今までにない新しいことをしたい」という試みの1つなのでしょうか。
茂野 いえ、私としては弊社のカラーを変えたいとはあまり考えていないのです。むしろ、頑なに伝統を守りたい。弊社のお酒は新潟清酒、近年は淡麗辛口と言われる、あっさりとした飲み口が特徴です。その味わいは、新潟の気候で生まれるもの。冬の厳しい寒さの中でゆっくりと発酵が進むため、すっきりと飲みやすいお酒となるのです。弊社の信条は「飲む人の心に緩やかにしみこむ酒」を造ること。飲む人にストレスを感じさせることなく、食事やおしゃべりをしながら、ゆるゆると飲めるお酒を目指して造ってきました。日本酒というと「濃くて、甘い」というイメージをお持ちの方も多く、それゆえ弊社のお酒のようなすっきりした味わいが新しく感じられることもあるのかもしれませんね。ただ、弊社としては「新しいことをしている」のではなく「うちの酒の味」にこだわってきたということ。今後もそれはブレることなく守り続けていきたい、と私は考えています。
―では、あらためて御社の沿革について教えていただけますか?
茂野 弊社の創業は1824年となっていますが、実はもう少し古くから酒造りをしていたようです。というのも、1946年に弊社のある街が大火となり、中心部の7割くらいが消失し、当蔵も焼けて昔の資料がなくなってしまったため、確かな歴史がわからないのです。ただ、郷土資料の中に「1824年に茂野酒造場が井戸の掃除をした」という記述があることから、その時にはすでに酒造りをしていたと考えられます。
当家の言い伝えによると、当時茂野家は商人で、農家の方たちに作ってもらった米を販売していたそうです。米は、年によって豊作だったり凶作だったりしますが、たくさん収穫があった年は、それを加工してお酒を造るようになったようです。今となっては、先祖がどういう思いで酒造りをしていたのかわかりませんが、商人としてはやはり、米を加工してさらに素晴らしいものにし、多くの方たちに喜んでいただきたいという思いがあったのではないでしょうか。
「金鵄盃(きんしはい)」という名前は、日本書紀にも登場する伝説の鳥に由来します。神武天皇が「金鵄の光によって戦わずして敵を倒した」とされ、平和の象徴でもあるのだそうです。1942年にこの地に置かれていた陸軍歩兵第30連隊の土橋大佐からその話をうかがった先々代は感銘し、ならば金鵄に「盃」をつけて銘柄にしようと。その後、法人化した際に社名も「金鵄盃酒造株式会社」としたのです。
「純米大吟醸 越後杜氏 越淡麗」のラベルには、
金鵄の羽をイメージした2枚の金色の羽が施されています。
―酒造りにおいての「こだわり」をお聞かせください。
茂野 お酒の味わいを決めるのは、何よりも水です。新潟の水は基本的に軟水で、鉄やカルシウムやマグネシウムなどのミネラルが少ないのが特徴です。弊社の仕込み水は「天狗の清水」と呼ばれる霊峰・白山の伏流水ですが、この水はとくにミネラルが少ない超軟水です。酵母はミネラルが多いと元気に発酵し、濃い味のお酒になりますが、ミネラルが少ないと酵母は発酵が穏やかに進むのでさっぱりとした、きれいなお酒になるのです。米や酵母がそのままでも水が変わっただけで、同じ味の酒はできません。ですから、弊社では「天狗の清水」にこだわり、仕込みだけでなく米洗いや米の浸水、さらには道具を洗う時にもこの水を使っています。
米は、地元の「五百万石」や新潟県が開発した「越淡麗」という酒造好適米を使っています。近年人気の「山田錦」は雑味が少なく、芳醇なお酒ができることから「酒米の王様」と呼ばれていますが、新潟県の醸造試験場が「新潟で最高の酒米を作ろう」と五百万石と山田錦をかけ合わせたところ、山田錦に負けない味わいのお酒が造れるようになりました。それが「越淡麗」です。
五泉市は清らかな水が豊富に湧き出る地で、水道水もほぼ井戸水とのこと。
金鵄盃酒造では敷地内の深さ9mの井戸から汲み出した水を使用しています。
酒造りには御法度とされる鉄分を含まない、清らかな水です。
「500万石」は1938年に誕生。酒造好適米の中でも生産量2位を誇ります。
2002年、この五百万石と山田錦をかけ合わせて生まれたのが、
米、水、技の全てを新潟県内で完結させる「オール新潟」を目指して開発が進められた「越淡麗」。
金鵄盃酒造では、元蔵人・宮川さんが育てた越淡麗を使用しています。
―近年、気候をはじめ環境が大きく変わってきています。水やお米もその影響を受けて、質が変化してきていませんか?
茂野 おっしゃるとおりです。特にお米は自然のものですから、天候によって収穫量が変わったり、米自体が硬くなったり柔らかくなったりします。また、暖冬で気温が上がりすぎると発酵が進みすぎてしまいます。そういった変動する要素があると、お酒をいつも通りに造っていたら味がどんどんブレていきます。ですから、伝統の味を守り続けるには「いつもと同じ」ではダメで、その時々の状況判断が重要で、そのための研究も必要です。その意味では、つねに新しい挑戦をしていると言ってもいいかもしれません。
もっとも、お酒は発酵商品ですから微生物が大きく関与します。要するに、生き物的な食品なんですね。子どもの成長にたとえるなら、健康ですんなり育つこともあればヤンチャに育ったりもする、といようなことが発酵の過程で起きるのです。それを、酒造りの製造責任者である杜氏が、経験から得た知恵と熟練の技を駆使してコントロールし、本来の味に育てていく、ということをずっとやってきています。
やはり、重要なのはその時々の状況判断。蔵ではそれを「酒の声を聞きながら対処する」というような言い方をします。手間はかかりますが、子ども同様、手間がかかっただけお酒にも愛情が生まれ、いいお酒に仕上がるのです。弊社は小さな蔵ですから、最新の設備を投資する余裕がないということもありますが、酒造りに必要なのはお酒を愛し、持てる知恵と技術をすべて注ぎ込むことだと信じ、昔ながらのやり方、伝統の技を守り続けています。
蔵人さんたちは、「今年も美味しいお酒を」と心を1つにして酒造りに臨んでいます。
―そうした御社の威信をかけて造られているのが、「ワイングラスでおいしい日本酒アワード」のプレミアム大吟醸部門において2年連続で金賞を受賞した「越後杜氏 純米大吟醸 越淡麗」なのですね。
茂野 はい。原料のお米はすべて自社栽培の越淡麗。酵母は自社開発の酵母であるS3酵母を使用しています。弊社の環境でS3酵母を使って酒造りをすると、華やかながらバランスのよい香りを持ち、濃密なふくらみと品の良い甘みを感じる、優雅な旨口のお酒ができるのです。そこが、「ワイングラスでおいしい日本酒」と評価されたのだと思います。
―おすすめの飲み方を教えてください。
茂野 お燗を好まれる方もいらっしゃると思いますが、このお酒は温めるよりも冷たいまま飲んでいただくのがよいかと思います。ただ、冷やしすぎるとお酒の繊細な味を感じにくくなってしまうので、冷蔵庫から出してから少し置いて、10〜15℃くらいで飲んでいただくのがいちばんおいしいと思います。このお酒のアルコール度数は16度ですが、オンザロックにするとアルコール度数がワインのように14度くらいまで下がりますから、日本酒を飲み慣れていない方におすすめです。お酒のおともとしては、肉や魚のお料理というよりも、いわゆる珍味系のものが合うように思います。個人的には、カラスミと一緒に飲むのが好きです。また、チーズや生ハムなどともマッチします。ぜひ、お試しください。
いくらの醤油漬けと子持ち昆布、そして新潟名物の鮭の焼き漬けと。
お酒が肴の味を引き立ててくれ、肴がお酒をさらに美味しくしてくれるという、幸せな好循環!
たしかに、チーズや生ハムとの相性もバッチリ。オリーブにもGOODです。
―今回はもう1つ、「手摘み アロニアのお酒」もご紹介いただけるとのこと。薄いピンク色をした、かわいらしいお酒ですね。
茂野 こちらは、日本酒をベースにしたリキュールなんです。地元五泉市にお住まいの方が、五泉市の新しい特産品をと2007年にアロニアの栽培を始められ、「これを使ったお酒を造れないだろうか」とご相談を受けたのが、このお酒が生まれたきっかけです。酒税法によって、果物は日本酒には入れることができないため、梅酒のようにリキュール扱いになるのですが、当時、弊社はリキュールの製造免許を持っていなかったんです。それを取得するというミッションを与えられたのが、私でした。酒造免許というのはなかなかハードルが高く、申請から取得まで時間がかかるんです。リキュールの場合、申請から5年間、年に1度、造ったお酒を税務署に提出します。その結果、「品質的にも味的にも問題がない」と認めていただいて初めて免許を取得できるのです。
「手摘みアロニアのお酒」500ml。エキゾチックなラベルが印象的。
アロニアは北米原産のバラ科の小果樹。
ポリフェノールはブルーベリーの3倍以上で、目の疲労回復効果があるとされるアントシアニンも含有。
抗酸化力も強く、血糖値の上昇抑制効果が期待できるスーパーフードとして話題を集めています。
―お酒造りとはまた違った、手間がかかるのですね。
茂野 ただ、五泉市の新たな特産品を生み出そうという、その取り組みに参加できるのは光栄ですし、アロニアはポリフェノールやアントシアニンが含まれ、健康効果が期待できるということなので、弊社のお酒でみなさんの健康維持に貢献できるのならと協力させていただきました。イベントや試飲会などで、お客さまにお勧めすると「これ、日本酒がベースなの?」と皆さん驚かれます。アルコールも9%ですし、ほんのり甘く、飲み口も軽やかです。日本酒に親しんでいただくための、入り口のお酒として、可愛がっていただけたら幸いです。
やさしいピンク色。日本酒の甘みを感じながらも飲み口すっきり。
トニックウォーターで割ると、さながらロゼ・シャンパーニュ!
―金鵄盃のお酒=本格派のお酒という本筋をしっかり守りつつ、日本酒に馴染みのなかった人たちに、日本酒に親しんでもらうためのお酒を造る。茂野社長の日本酒愛がひしひしと伝わってきます。最後に、今後の取り組みについてお聞かせください。
茂野 繰り返しになりますが、弊社が造り続けてきたお酒の味、それを生み出すための造り方の伝統は頑なに守っていくつもりです。その上で、地元に貢献できるお酒、入り口のお酒も造り続けたいと考えています。現在、新潟県内の大学の先生の指導を受けながら、五泉市の桜の名所である村松公園の桜の花から、酒造りに適した酵母を取るというプロジェクトが進んでいて、試験的にではありますが、まさに今、桜酵母で醸すお酒の仕込み中です。ゆくゆくは、桜酵母で醸したお酒をベースにした桜のリキュールも造りたいと考えています。
―桜の花をイメージしながらいただくお酒、素敵ですね。気持ちが華やいできました。素敵なお話をありがとうございました。
「越後杜氏 純米大吟醸 越淡麗」(720ml)
価格:¥5,500(税込)
店名:金鵄盃酒造
定休日:オンラインショップでのご注文は24時間365日受付
商品URL:https://kinshihai.theshop.jp/items/43593397
オンラインショップ:https://kinshihai.theshop.jp
「手摘み アロニアのお酒」(500ml)
価格:¥1,098(税込)
店名:金鵄盃酒造
定休日:オンラインショップでのご注文は24時間365日受付
商品URL:https://kinshihai.theshop.jp/items/4348321
オンラインショップ:https://kinshihai.theshop.jp
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<Guest’s profile>
茂野知行(金鵄盃酒造株式会社 代表取締役社長)
1966年栃木県生まれ。東京農業大学短期大学醸造科卒、国税庁醸造試験所(現酒類総合研究所)に研修生として2年在籍。1989年株式会社宮腰酒造店に入社。製造部門で杜氏を3年務める。2007年金鵄盃酒造株式会社入社、2014年6代目社長に就任。「信用・信頼」を第一にお客様に愛される酒造りを目指している。
<文・撮影/鈴木裕子 MC・撮影/石井みなみ 画像協力/金鵄盃酒造>