群馬県桐生市で、4代にわたり続くベーカリー。長きにわたり、地元の方々に愛されてきた老舗店が、2006年、冷凍パンの新事業をスタートさせました。「おいしいパンを、全国の方に」という思いが詰まったパンは、まずはホテルやレストラン、そして2018年からは、一般家庭にも届けられ注目を集めています。パン業界にとって、「まさに革命」と言えるほどの新しいアイデア。それを生み、形にした4代目、株式会社スタイルブレッドの代表取締役、田中知氏にお話を伺いました。
温めるだけで、ホテルの味わい。桐生発のパンが、食卓を豊かに。
2023/05/12
株式会社スタイルブレッド 代表取締役の田中知氏
―社長は4代目。先代からも家業を継ぐことを期待されていたのでは?
田中 子供の頃から、「うちはパンを作り、売って暮らしている。だからお前はパンで育っている」と言われて育ちました(笑)。小学生になると、店の裏にある工場へ行って手伝ったり、自分でドーナツを作って食べたりしていましたね。
高校を卒業してからは、父と私がパンを焼き、母がサンドイッチ作り、姉が販売を。お客様に「焼きたて」を楽しんでいただくことを第一に店を運営していました。当然ながらその頃は、冷凍パンをお客様に提供するなんて考えもしませんでした。
私の将来に関して父は、「パン屋は汗の割にいい思いができない。利口な生き方をしたいのであれば、違う生き方を選択するのもありだよ」と言ってくれていました。ただ私は、周りから「継ぐんだよね」と期待されることに反抗することもなく、専門学校に進んでパンを学びました。
―その後、アメリカにも修行に出られていますよね?
田中 1988年ですね。その頃、アメリカ的なものへの憧れがすごくあって。一般的にはパンを学ぶならフランスやドイツなのでしょうが、私はアメリカへ。マンハッタンのお隣、ニュージャージー州のフォートリーという町のベーカリーに手紙を出して、働かせてもらうことにしました。
―すごい行動力ですね!
田中 決して行動力があるタイプではないのですが、その頃は思い立ったらすぐ動く、という感じだったかもしれません。修行先には2年ほどお世話になりました。様々な種類のパンを製造、販売しているところでしたので、とても勉強になりましたね。
そして帰国後、専門学校時代の先生に紹介していただいた製粉会社を経て、実家の製パン所に入りました。もともとうちは、食パンやコッペパンなどを製造、販売するいわゆる「まちのベーカリー」的なお店だったのですが、私はそこで、少しずつですがアメリカで覚えてきたバケットなどを作るようになったんです。
―パン職人への道、まっしぐらですね。
田中 それが、なんとなく職に就いたという感覚はありましたが、「パンを極める」などは全く考えていませんでした。どちらかというと、ずっと親の元でふわふわしながら「何か面白いことができないか」みたいなことを考えているタイプで……。
―でも、そこに転機があったと。
田中 そうですね。ある日、同じ市内でフランス料理店を営む鈴木さんというシェフが訪ねて来られたんです。長年、料理に真剣勝負で向き合っている方で、私は今でも尊敬している大先輩なのですが、その方が、うちの前を通りかかった際に私のバゲットを見つけてくださって。父が「息子が作っているんですよ」と伝えたところ、「話がしたい」と。それで訪ねて行くと、「料理に全力投球していると、パンまでは手が回らない。それでもおいしいパンを提供したいが、近所ではなかなか納得できるフランスパンが見当たらない。そんな時に君のパンを見つけた」とおっしゃったんです。
聞けば、シェフは、「パン屋のパン」ではなく、「料理に合うパン」を探しているのだと。当時、ミシュランの三ツ星レストランが世界でまだ16軒ほどしかなかったかと思いますが、シェフはそうしたところへも自ら足を運んで常に自身の料理に磨きをかけている方でした。けれど、「それらと戦える料理を作りたい。でもそれにはパンが足りない」ということでした。私はシェフの話を伺いながら、「こんなに仕事に前向きに情熱を傾けて仕事している人がいるのだ」と感動し、「この人が喜ぶパン作りたい」と思うようになりました。
―シェフの熱い思いが、社長の気持ちを変えたのですね。
田中 家に帰ると早速父親に話をし、「仕事場を任せて欲しい」と伝えました。私はそれまで、父の手伝い的なポジションだったのですが、メインでパンを作りたいと。父は驚きながらも、息子のその言葉を聞いてすごく嬉しかったようで、その後、フランスパン専用のオーブンやミキサーを導入して私が働きやすい現場を作ってくれました。それからは毎日、レストラン用のパンを焼き、配達をする日々です。10年ほど続けたでしょうか。
その間、シェフにくっついてフランスへも出かけました。そして、ミシュランの星付きレストランでパンを味わい、衝撃を受けたんです。小ぶりなサイズもそうですし、天然酵母を使ったパン、雑穀入り、胡麻入り……どれも日本では見たことのないパンばかりでした。しかも、肝心のバケットは出てきません。実はバケットは日常のパン。まちのレストランで楽しむもので、正式なレストランのパンではない、ということも知ったのです。そうした本場の文化にも触れることができ、有意義でした。帰国してからは早速、天然酵母作りや、超長時間熟成といった製法などに挑戦していきました。
―新しいことをどんどん身につけられたのですね。
田中 ところが、自分が楽しいと思いながら作ったパンは、店ではほとんど売れませんでした。日本ではまだまだ、カレーパンやサンドイッチといったパンが人気で。悩みましたね。自分が「いい」と思って作るものが売れないので、そのうち、「何のためにパンを作っているのだろう」ということまで考えるようになり、体と心のバランスを崩してしまったんです。
―大変でしたね……。どのように立ち直られたのですか?
田中 ある日、アメリカのパン業界の今を見てみませんか、という趣旨の視察ツアーの案内を見つけたんです。本来は大手企業の技術開発者、企画開発者向けのツアーだったのですが、どうしても参加させて欲しいとお願いしました。
そして現地に着いた日に、食事に早速パンが出てきたのですが、それが非常においしくて。パン業界人の団体だから、パンのおいしい店に連れてきてくれたのだろうと思っていたら、「明日、そのパンを作る工場に行きます」と。そこは冷凍の製パン工場でした。あまりに驚いて工場長に「冷凍なのになぜこんなにおいしいのか?」と質問をすると、「冷凍だからおいしい」と。さらに、「冷凍パンがまずいと言うのは、まずいパンを作ってそれを冷凍しているからだ」とも話してくれました。
当時、日本でも少しずつ、アルチザン・ブレッドが広がりつつありましたが、アメリカではアルチザン・ブレッドと同じようにこだわったパンを、さらに冷凍して全米に流通していました。私自身、パン職人なので、「冷凍パンなんて」と思っていたのですが、その工場では、温度、湿度、工程の管理からプロセスの組み方まで、私がそれまでこだわっていた以上のことをすでに行っていたんです。
アメリカで冷凍パンに出会った頃の田中氏。
同じ時期に、地元では月に1回ほど、レストラン関係の方が集まって、勉強会を開いていました。私もパンを持参してシェフたちとコミュニケーションを取っていたのですが、あるシェフが、「鈴木さんはいいよね。近場に田中さんみたいなパン屋がいて。自分たちの近場にはこだわりのパン屋さんがないから困る」とおっしゃるんです。それを聞いて、鈴木シェフと同じように困っているレストランがあるのだなと感じたのですが、私もさすがに他県までは配達に行けません。でも冷凍パンの技術があれば、自分のパンをそうしたレストランに提供することができるのではないか、と考えたのです。
―点と点が繋がったのですね!すぐに展開できたのですか?
田中 アメリカ視察が30歳の時で、スタイルブレッドを始めたのは36歳なので、5年ぐらいかかりました。私自身、ずっと職人でしたのでビジネスについては無知です。組織を作ってマニュアル化して、さらに品質管理や工程管理などを学びながら準備を進めました。
―ご苦労はありましたか?
田中 何よりもまずは、「おいしいパン」を作らなければなりませんので、かなり試行錯誤しました。素材には、国産の小麦、塩、そして「桐生の水」を採用し、天然酵母は、自社の研究所で管理・培養した「桐生酵母」を使っています。それから日本人と欧米人では唾液量が異なりますので、納得がいくまで時間をかけて、食感や風味をカスタマイズしました。例えばフランスのパンは、ややドライでクラスティな感じなのですが、ちょっと皮を薄くして、もっちり感を出したり。日本人にとって食べやすいパンにするために、菓子パン技術も応用しました。さらに、窯で一気に焼き上げて旨みを閉じ込められるようにサイズも小ぶりにしています。
―そうしてできたパンを急速冷凍するのですね。
田中 -45℃で急速冷凍しています。また冷凍庫に入れるタイミング、温度帯にも非常に気を使っています。パンが一番おいしい状態は、中心温度と表面温度が同じ温度になったとき。その温度帯で入れて、おいしさをしっかりとキープさせています。
レストランで出てくる焼きたてのパンは、温かくておいしいですよね。実は、温かいからではなく、鮮度が高いからおいしいんです。弊社のパンは、それを形にできていると思います。
また、パンの味が落ちる原因は、デンプンの劣化と水分の蒸発(乾燥)の2つです。それさえ抑えることができれば、パンの鮮度を保つことができます。その一番合理的な方法が実は冷凍です。さらに冷凍環境では細菌が活動しないので、余計な添加物を加える必要もありません。
―今回は、そうして作られたパンが詰まった「はじめてパンセットSpring’23」をご紹介いただきました。
田中 2006年に「スタイルブレッド」を設立して以来、主な取引先は、料理に合うおいしいパンを求められていたホテルやレストラン、そして余計な添加物を使用していないパンを評価してくださった保育園など、B to Bが主流でした。そこである程度の成功を実感し、次は、このパンたちを一般のご家庭にも届けたいということで、2018年に、B to C向けのブランド「Pan&(パンド)」を立ち上げました。「はじめてパンセットSpring’23」は、その「Pan&」の商品です。
―すごくたくさんのパンがやってきて、ワクワクしました。
田中 「Pan&」の人気パンを7種類、26個お届けしています。それぞれ、オーブントースターで2~3分焼き、余熱で6~8分置くだけで、まるで炊き立てのご飯のように、茹でたてのパスタのように、焼きたてのパンを味わっていただけます。
温めるだけで、焼きたてパンの香りと味わいが。
「至福のクロワッサン」はバターの香りとサクッとした食感。
くるみとミルキーな生地がマッチした「クルミ・オ・レ」も美味!
―このパンを食べるならあの料理を作ろうかな、という考えが浮かびます。
田中 そう言っていただけると嬉しいです。冷凍パンが初めてという方にもぜひ手に取っていただきたく、弊社の公式HPでは、「はじめてパンセット」を23%オフでご用意していますし、パンに合うバター、スープ、ハンバーグなども販売しているので合わせてお召し上がりいただければと思います。
―今後の展望についても聞かせてください。
田中 「日本のおいしいパン」を、海外の方にも味わっていただきたいですね。日本人向けにアレンジしたパンは、アジア全般で愛されるのではないかと考えています。日本の国産小麦を使用している点も、海外の方にとっては魅力的に映るのではないでしょうか。
焼きたてのパンを冷凍庫から出して、温める。それだけで、家庭の団らんの中に、特別な一瞬が生まれることを願っています。パンを通じて、日常にちょっと上質な時間、贅沢な時間を提供できたら嬉しいですね。
おいしいパンがあれば、食卓がもっと豊かに。
―代表の学びや経験、挑戦がふんだんに盛り込まれた冷凍パン。お話を伺うことで、味わいがさらに増したように思います。ありがとうございました。
「はじめてパンセット Spring’23」
価格:¥3,280(税込)
店名:Pan&
電話:0120-940-335(営業時間 平日10:00~17:00)
定休日:年末年始、インターネットでのご注文は24時間365日受付
商品URL:https://pand.jp/Form/Product/ProductDetail.aspx?shop=0&pid=605
オンラインショップ:https://pand.jp/
※紹介した商品・店舗情報はすべて、WEB掲載時の情報です。
変更もしくは販売が終了していることもあります。
<Guest’s profile>
田中知(株式会社スタイルブレッド 代表取締役)
1968年群馬県生まれ。東京製菓学校卒業。米国で修業し製粉会社を経て、スタイルブレッドの前身である田中製パン所に勤務。2005年有限会社田中製パン所の4代目として代表取締役に就任し、2006年株式会社スタイルブレッドに商号変更。冷凍パンメーカーのパイオニアとして日本で炊き立てのごはんが当たり前に食べられているように、焼きたてのパンが当たり前に食べられるライフスタイルづくりに励んでいる。
<文・撮影/鹿田吏子 MC/鯨井綾乃 画像協力/スタイルブレッド>