蒲鉾は、日本が誇る代表的な伝統水産食品。近年は、低カロリーかつ消化の早い高タンパクのヘルシーな食品としてその価値が再認識されています。蒲鉾は全国各地で作られていますが、今回、編集長アッキーこと坂口明子の目に止まったのは、大阪ミナミ・戎橋筋に本店を置く大寅蒲鉾株式会社の「蒲穂子」と「オードブルおつまみセット」。大阪(浪速)の蒲鉾は他の土地の蒲鉾と何がどう違うのか、同社4代目社長の市川知明氏にお話を伺いました。
浪速の味、鱧(はも)が主役の絶品蒲鉾「蒲穂子(がまほこ)」「オードブルかまぼこセット」
2023/05/24
大寅蒲鉾株式会社 代表取締役社長の市川知明氏
―創業は明治9年(1876年)。140余年に渡る歴史をお持ちです。
市川 創業者は姫路出身の小谷寅吉という人物で、大阪に出てきて蒲鉾屋に勤め、そこで才覚が認められ、その娘と結婚し、独立して店を持ったのが始まりだと聞いています。その後、明治25年(1892年)に大阪戎橋筋(えびすばしすじ)に新たに店を構え、屋号を「大寅」と定めました。「大阪」の「寅吉」で「大寅」になったというわけです。
―創業以来、こだわっていらっしゃるという「浪速の味」。蒲鉾は北海道から沖縄まで全国各地にありますが、浪速=大阪の蒲鉾にはどんな特徴があるのですか?
市川 蒲鉾というのは、もともと各地域の前浜(目の前の海)で獲れる魚を原材料にしているんです。いわば地産地消ですね。たとえば、神奈川県小田原なら沖ギス、山口県ならエソ、鹿児島県ならアジというように。そして大阪は、鱧です。
使う魚の違いによって、地域それぞれ蒲鉾の味や食感が異なります。たとえば、小田原の蒲鉾と大阪の蒲鉾の違いとしてよく言われるのが弾力、歯ごたえです。業界用語ではそれを「足」といいますが、小田原の蒲鉾は足がしっかりめ、それにくらべると大阪はソフトに仕上げていますね。
味に関しては、鱧は非常に味わい深く旨みの強い魚なので、それがすなわち大阪蒲鉾の味ということになるでしょうか。
蒲鉾というのは、何種類かの魚を組み合わせることによって味に深みが出るものなのですが、弊社では今でも鱧を主体にシログチなどを組合せて作っているんです。
大阪蒲鉾の信条は、鱧を主体に使うこと。
―社長自ら、市場に仕入れに出向かれていると伺っています。
市川 はい。特別な用事がないかぎり、毎日、大阪市中央卸売市場に出向き、新鮮で良質な鱧を仕入れます。また、シログチやイトヨリなどの産地の市場にも出かけます。
―良質の鱧とは?
市川 鱧にもいくつか種類がありますが、中でも「真鱧」が最高級とされています。弊社ではその「真鱧」だけを仕入れ、職人がそれをていねいにさばいて「一番身」と呼ばれる、最初に取れた身だけを使っています。一番身はそこそこ脂があり、なおかつ上品な味わいで、大寅の蒲鉾には欠かせませんから。
―製法に関して、こだわっていらっしゃることは?
市川 限りなく「昔ながら」にこだわっています。機械のボタンを押せば蒲鉾が出てくる、というものではなく、まずはさばいた魚を水さらしという作業の中で魚肉だけにします。次に御影石の石臼に入れて丁寧に練り上げます。練る作業には機械の手も借りますが、弾力などの食感、なめらかでしなやかな口当たり、風味などの決め手となるねばり具合や水分の含み具合の見極めは、やはり職人の手の感触や目が頼りです。
その練り上げたすり身を蒲鉾板1枚1枚に、職人が「つけ包丁」で塗りつけ、成形する。これも手間ですが、職人の手に適うものはありません。
味つけについては、素材の味を活かすために、極力よけいな調味料は使いません。弊社の蒲鉾やてんぷらの味のベースとなるのは、北海道函館沖の天然の真昆布で引いた昆布だしです。工場長の朝一番の仕事は、大きな鍋2つ分、昆布だしを引くこと。手間はかかりますが、やはり天然の昆布だしを使うと蒲鉾もてんぷらも風味がよく、それでいて食べ飽きることがありません。お客さまに「蒲鉾はやっぱり大寅さん」とおっしゃっていただけるのは、この天然の昆布だしを使っていることも大きな理由の一つではないかと思っています。
このように製法にこだわるのはもちろんのこと、出来上がった蒲鉾を、安心・安全に細心の注意を払ってきれいに包装する、店頭で、それをお客様に喜んで手に取っていただけるように工夫し、ていねいにご対応する。そこまですべて、こだわっています。
大寅の2代目が商売の心得として、「つくるも 売るも 買う心」という言葉を残しているのですが、それをモットーとして代々受け継ぎ、現在でも守り続けているのです。
鱧をはじめ、市場で仕入れた魚はその日のうちに職人がさばきます。
大寅蒲鉾では石臼ですり身を作ります。
昔ながらの御影石の石臼を使い、魚肉のきめの細かさや艶やかさを引き出します。
機械化が進んだ今でも、大寅では蒲鉾板の上にすり身をつけるのは職人の手。
てんぷらを成形するのも職人の手。簡単そうに見えますが、熟練の技が必要です。
―そうした大寅蒲鉾のこだわりの象徴と言えるのが、今回ご紹介させていただく「蒲穂子(がまほこ)」ですね。
市川 こちらは昔からある商品で、でんぷんを一切使わずに鱧と白グチのすり身のみを使って焼き上げた蒲鉾です。関東地方では蒲鉾を「蒸す」のが主流かと思いますが、大阪をはじめ関西では蒲鉾板の板面からじっくり焼き上げる「焼通し」タイプの蒲鉾がメイン。「蒲穂子」も、最初から最後まで直火でじっくり、45〜50分かけて焼き上げます。そうすることで、しっかりした弾力としなやかさが生まれるのです。
―商品名が、「蒲鉾」ではなく「蒲穂子(がまほこ)」なのは、なぜなのでしょう?
市川 古くは、細い竹を芯にし、それにすり身を塗りつけて焼いたものを意味し、その形がガマの穂に似ていることから「蒲の穂」と呼ばれていました。その「蒲の穂」から転じて「蒲穂子(がまほこ)」と呼ばれていたものが、訛って「かまぼこ」となった、という説があります。
大寅は、大阪ならではの「焼通し」蒲鉾の代表格である、これぞ“ほんまもん”のかまぼこや、という気概を込めて、「蒲鉾」の前身である「蒲穂子」を商品名としたのです。
大寅の定番「蒲穂子(がまほこ)」。
表面には、縁起のよい「亀甲文様」の焼き目が。
贈り物にも最適ですね。
―こちらの、おすすめの食べ方はありますか?
市川 まずはそのままで、鱧の旨みと甘みを味わってみてください。11mm程度に切っていただくと、しっかりした食感が楽しめるかと思います。
ほかに、これはまかない料理みたいなものなのですが、こちらを2mmくらいに薄く切ってご飯の上に乗せ、わさびあるいは七味などを入れて醤油を少したらし、お茶や白湯をかけてお茶漬けに。蒲鉾から出汁が出て、私が言うのも何ですが、最高においしいんです。
簡単なので、忙しい朝などに最適ですし、夜、お酒を飲んだ後の「〆」にもいいですよ。
まずは切ってそのまま(厚さ11mmがお薦め)。
しっかりした食感かつなめらかな口あたり。
蒲鉾のお茶漬け「かま茶」。
お湯やお茶をかけるだけで、驚くほどいいだしが出ます。
超インスタントなのに上品な味わいで、満足の一品です。
―もう一品、お薦めいただいた「オードブルかまぼこセット」はどのような商品なのでしょうか? 「スプーンでかまぼこ」というユニークな商品も入っていますね。
市川 日本人の「魚離れ」が言われて久しいですが、それに伴って「蒲鉾離れ」の声も上がっています。しかし、消費者の皆様が「蒲鉾離れ」をしているというより、我々がお客様から離れてしまっているのではないかと、私は考えているんです。時代とともに人の嗜好は変化していくもの。蒲鉾にしても、昔は噛みごたえのある弾力のしっかりしたものが好まれましたが、現在は高齢化が進んだこともあり、ソフトなものを好まれる方が多くなりました。また、すり身を揚げたてんぷらにしても、ねり天やごぼう天などの定番だけでなく、現代の食生活に合うようなものを作っていかなければ、お客様に手に取っていただけないでしょう。蒲鉾にしてもてんぷらにしても、伝統の味をしっかり守って”本物のおいしさ”をお伝えすることが大切ですが、それを手に取っていただくための”きっかけ”が必要ではないかと。そのきっかけになれたらと考え、生まれたのが「スプーンでかまぼこ」なんです。
―「スプーンでかまぼこ」にはどんな特徴があるのでしょう?
市川 ふわふわのすり身にオニオンを練り込み、スーパーフードのキヌアをミックスし、バジルソースとパプリカなどの彩り野菜、そしてチェダーとパルメザン、2種のチーズをトッピングしました。電子レンジで温めてお召し上がりいただくと、チーズが溶けてお魚のグラタンのようになります。「白ワインにもぴったり」とご好評いただき、おかげさまで発売以来、売上累計10万個以上の大ヒット商品となりました。
そこで、この商品をきっかけに、まずはオーソドックスなてんぷらからおつまみとしてお試しいただけたらと、大寅の名物「きくらげくずし天」や「九条ねぎ天」、「たらこ巻」、「チーズ巻」、そして桜の花をかたどった「小桜」といった、自慢の品々をセットにしました。
これらのてんぷらは、「見たことあるけど食べたことはなかった」という人が多いのではないでしょうか。でも、「スプーンでかまぼこ」のついでに食べてみたら、「あら、おいしいじゃないの」と思っていただけたらうれしいですね。
野菜系のてんぷらはすっきり白ワイン、チーズ系はしっかりめの赤ワインとの相性もいいですよ。
「オードブルかまぼこセット」。
「スプーンでかまぼこ」2個、「きくらげくずし天」と「九条ねぎ天」各2枚、
「チーズ巻」と「たらこ巻」、「小桜」各1つのセットです。
かまぼこをスプーンで食べるという新発想が大当たり。
バジルソースの緑とパプリカの赤で彩りがきれい。こうした見た目もおいしさの1つですね。
容器のフタを取り、電子レンジ(500W)で1分程度温めると、
ふわふわのすり身にチェダーチーズとパルメザンチーズがとろけて、まさにグラタン!
「きくらげくずし天」。きくらげのコリコリ感がたまりません。
こちらも薄くスライスして、おすましに。
きくらげくずし天から、旨みたっぷりのだしが出るので、
味つけは薄口醤油のみで十分。しみじみ、おいしい……。
すり身に、京都伝統野菜の代表格「九条ねぎ」を練り揚げた「九条ねぎ天」。
九条ねぎの葉肉のやわらかさと旨みを最大限に引き出すため、
ねぎのきざみ方や揚げる温度を微妙に調整しているそう。
職人技が光る一品です。
プロセスチーズをすり身で巻いた「チーズ巻」。
ほんのり海苔の風味がアクセント。赤ワインとの相性もばっちり。
1つ1つ丁寧にたらこに大葉を巻き、
その上からすり身で巻いた「たらこ巻」は隠れた人気商品。
大葉とたらこの相性が抜群で、あつあつご飯にも合います。
農林水産大臣賞受賞。
うずら卵が中に入った、かわいらしい揚げ蒲鉾、「小桜」。
お弁当の定番アイテムです。
―「美味しいもの」は年代を問わず好きでしょうから、「スプーンでかまぼこ」をきっかけに本物の蒲鉾や天ぷらの味を知ったら、ファンの幅はぐっと広がる気がします。
市川 大切なのは、そこなのです。蒲鉾を知らない若い方たちに、蒲鉾を口にしていただく機会を私たちがどんどん作っていかないと、20年後、30年後に買ってくださるお客様がいなくなってしまいますから。
本当にありがたいことに、「うちでは、おばあちゃんからお母さん、そして私までずっと、かまぼこは大寅さんです」とおっしゃってくださるお客様がいらっしゃいます。だからといってあぐらをかくのではなく、やはり食生活の変化に沿って、若い方々にも受け入れていただくような商品もつねに考えていかなければと思っています。
―今後のビジョンとして、そのほかにどのようなことを考えていらっしゃいますか?
市川 繰り返しになりますが、「つくるも 売るも 買う心」ということを経営理念の真ん中において、守るべき伝統は大切に守りながら、つねにお客様のほうを向いて素材を選び、手間を惜しまず、心を込めてお客様のもとにお届けする。これを、日々しっかりとやっていく、そして進化させていくことが一番大事だと思っています。
また、蒲鉾は日本の非常に大切な伝統食品です。また少しずつ日本を訪れる海外の方が増えてきていて、おかげさまで弊社の戎橋筋の本店にも遊びに来ていただけるようになりました。
もともと東南アジアや中国には練り物の食文化があって、「フィッシュボール」などと呼ばれて鍋や麺に入れたりするんですね。ですから、蒲鉾や天ぷらにも興味を持っていただけるんです。韓国や中国の上海あたりでしたら、飛行機なら保冷剤が効いているうちに現地に着きますから、帰国する朝にお店に立ち寄られて、お土産として買って帰られる方もいらっしゃいます。
魚肉を主体とする蒲鉾や天ぷらはヘルシーな食品ですから、健康志向の強い欧米の方たちにもおいしく味わっていただけるんじゃないでしょうか。
ですから、目標は高く、日本一ではなく「世界一」おいしい蒲鉾だとみなさんに言っていただけるよう、努力を続けていきたいと考えています。
―”本物のおいしさ”は、年代だけでなく国も超えて広く求められることでしょう。夢が広がりますね。素敵なお話をありがとうございました。
「蒲穂子」
価格:¥2,052(税込)
店名:大寅蒲鉾
定休日:オンラインショップでのご注文は24時間365日受付
商品URL:https://www.daitora.jp/i/DN156#
オンラインショップ:https://www.daitora.jp
「オードブルかまぼこセット」
価格:¥2,711(税込)
店名:大寅蒲鉾
定休日:オンラインショップでのご注文は24時間365日受付
商品URL:https://www.daitora.jp/i/DN173
オンラインショップ:https://www.daitora.jp
※紹介した商品・店舗情報はすべて、WEB掲載時の情報です。
変更もしくは販売が終了していることもあります。
<Guest’s profile>
市川知明(大寅蒲鉾株式会社 代表取締役社長)
1965年8月8日千葉県生まれ。味の素株式会社勤務を経て、2002年大寅蒲鉾株式会社入社。2012年に代表取締役社長に就任。1876年創業の大寅蒲鉾の4代目。
<取材・撮影/鈴木裕子 画像協力/大寅蒲鉾>