近年、発酵食品への関心の高まりから、あらためて注目が集まっている「酢」。現在、全国に約160社の食酢製造メーカーがあると言われています。そんななか、編集長アッキーの目に留まったのは「ヨコ井の醸造酢」で知られる横井醸造工業株式会社。創業87年、都内唯一の食酢製造メーカーです。お酢造りへのこだわりについてのお話を、同社代表取締役社長の横井太郎氏に取材陣が伺いました。
安全でおいしい”本物の酢”にこだわるヨコ井の醸造酢の「ハチミツりんご酢」「真黒酢」
2024/02/05
横井醸造工業株式会社 代表取締役社長 横井太郎氏
―もともとは、木材商でいらしたそうですね?
横井 1919年に、私の祖父である横井甕吉が東京木場で木材業を始めました。しかし、木材商というのは浮き沈みが激しい商売で、その仕事を自分の子孫に継がせていくのは難しいだろう、何か安定した商売をと考えて行き着いたのが、酢を造ることでした。
その頃、日本橋にあった魚市場が、木場の隣町である築地に引っ越してきたんです。新鮮な魚が手に入るということで、市場の周辺にお寿司屋さんが立ち並び、どこも大繁盛していたといいます。そこで、お寿司屋さんとお付き合いをする仕事がいいのではないか、だったら酢はどうだろうかと思いついたんですね。祖父は、自分のところには木材は売るほどあるので、酢作りに必要な木樽は自分で作れるからすぐに始められると考えたようです。そして、1937年に食酢専業合資会社を設立しました。
「横井醸造」と書かれた木樽が看板代わり。
過去に使われていた大小の木樽。
横井 はい。当たり前のことですが、お寿司屋さんは酢に相当厳しい。ほぼ素人の祖父が造る酢は、最初、なかなか相手にしてもらえませんでした。そこでお寿司屋さんの協会を訪ね、どういうお酢を求めているのか意見を聞いたそうです。
お寿司屋さんでは、炊き立ての熱々のご飯にお酢を混ぜて酢飯を作ります。その時、最初に感じるのは味よりも香りです。何度もダメ出しされながらやっと香りでOKをもらい、そこから寿司ネタに合う味でなければダメだと言われて試行錯誤し、最終的にお寿司屋さんのOKが出るまで10年くらいかかったと聞いています。思いつきで始まったお酢造りでしたが、祖父は本気で「お寿司に合うお酢」を造りたかったのです。
その後、戦禍に見舞われながらも何とかお酢造りを続け、祖父は息子である私の父、横井弘を大学の醸造学科に入れ、お酢造りの研究をさせたところから本格的にお酢の製造販売を開始。1952年に株式会社横井醸造工業に組織変更をし、横井弘が社長に就任しました。
―お酢に対して相当な情熱とこだわりを持っていた初代から、現在でも引き継がれている企業理念はありますか?
横井 本当にシンプルなのですが、「確かな品質、おいしい酢」をキャッチフレーズとして創業以来80年余り、使い続けています。もちろん、時代によって新たな要素は加わっていきますが、お酢は口に入るものだから絶対に安全なものでなくてはいけない。なおかつ、おいしくなければいけない。この2つを叶えた上で、時代に合ったお酢を造ること……ということは、ずっと言い継がれています。
良質な原料を選び、手間とひまを惜しまず、じっくり発酵させていきます。
―スピードや効率、大量生産といったことに重きが置かれがちな現代、その理念を守り続けていくのは難しそうです。
横井 正直言って、厳しいです。お酢はスローフードと言われるように、できるまでに時間がかかります。早くて半年、長いと、弊社の場合は6~7年かかるようなお酢もあります。ですから、例えばブームになったとき、たくさんの方たちから一気にご注文をいただいても、供給できないことがあるんです。注文にお応えしようと急いで作ろうとすると、品質やおいしさの部分がおざなりになってしまいます。弊社としては、それはできません。お客様にはお待たせしてしまうことになり、非常に心苦しいのですが、あくまでも「確かな品質、おいしい酢」にこだわり続ける。そのほうが、将来的にも信用していただけるはずだと信じて、お酢と向き合っています。
―品質とおいしさ「江戸前寿司店にヨコ井の酢は欠かせない」と言われるほど、プロから高い評価を得られていますが、その理由はどこにあるのでしょう。
横井 江戸前寿司が流行り始めた頃は、今のような冷蔵設備がなかったので、ネタを長持ちさせるためと、江戸の海から揚がる魚をより美味しくするために、「漬け」や「酢〆」にしたり煮物にするなど、いわゆる「仕事」をしていました。そうやってしっかり仕事をしたネタには、味のしっかりした酢飯が合うんですね。そこで、弊社では創業以来、濃厚で旨みたっぷりの「赤酢」にこだわって造っています。それが、プロの方々に弊社のお酢を長く使い続けていただける大きな理由だと思います。
酒粕を長期熟成させた「赤酢」(150ml ¥864/税込)。
伝統の逸品で、東京都地域特産品認証食品です。江戸時代は「安くてうまい」酢として人気でしたが、
実は、出来上がるまでに時間がかかり、現代では高級品となりました。
―近年、健康志向の高まりもあって、お酢が改めて注目されていますね。
横井 これまで、寿司酢にしても和え物の調味にしても、酢は縁の下の力持ちというか、目立たないところで料理をしっかり支える存在でした。しかし、特に若い方たちにとっては、お酢は調味料としてよりも、ヘルシーなドリンクとして認めていただいているという感触があります。今回、ご案内させていただく「ハチミツりんご酢」も、弊社の人気商品の1つです。
現在、店頭にはこの類のお酢がたくさん並んでいますが、この「ハチミツりんご酢」ができたのは、1972年。この類のお酢としては、おそらく最も古いのではないでしょうか。
当時、人々の目が健康に向き始めた頃で、主にアメリカから健康に関する情報が入ってきていました。弊社でも、「アメリカのバーモント州の人々は長生きするらしい」「りんご果汁にハチミツを入れて飲むのが長生きの秘訣らしい」と聞いて、じゃあ、うちもその組み合わせでやってみようと。それが、「ハチミツりんご酢」を開発した動機です。商品を出すのがちょっと早すぎた気もしますが、ようやく時代が追いついてきた、というところでしょうか。
国産のりんご果汁100%で造った純りんご酢に、
レンゲとアカシアのハチミツのみをブレンドした「ハチミツりんご酢500ml」。
美しい金色!りんごの甘酸っぱい香りとハチミツの芳醇な香りが魅力です。
―「ハチミツりんご酢」のおすすめのいただき方を教えてください。
横井 もともと「飲む酢」として開発しましたので、水や牛乳などで割って飲んでいただくのがいいように思います。お酒を飲まれる方なら、焼酎で割っていただいてもおいしく召し上がれますよ。そのほか、シロップやソース代わりにしたり、カレーなど料理の隠し味として使っていただいたりしています。
水や炭酸水、牛乳などで4~5倍に薄めて。甘酸っぱくてとてもおいしいのですが、
ハチミツを使用しているので1歳未満のお子さんには与えないよう、注意!
ピクルスやマリネの調味にも大活躍。酸っぱすぎないので、
酸味が苦手な人でもいただきやすいはず。
―もう一品、「真黒酢」ですが、こちらも健康を意識して開発されたのでしょうか?
横井 いえ、そうではないのです。今、黒酢は健康に良いと人気ですが、この「真黒酢」は「黒酢」という言葉がみなさんにまだ知られていない、1985年に誕生しています。商品開発の動機は「世界一濃い酢を造る」。2代目である私の父が一生懸命研究し、造りだした商品です。もともと、赤酢というしっかりした味の酢を造ってきたので、さらなる高みを目指して「世界一濃いお酢を造ろう」と。
看板商品「真黒酢 500ml」。ラベルからして、どっしりした存在感あり。
本当に「真黒」。熟成バルサミコのような芳醇な香り。
こちらも、水や牛乳で薄めてドリンクとして楽しめます。
―というと、一般的な「黒酢」とは材料や造り方が違うのですか?
横井 違います。通常、お酢を造るときは米などの原料に水を加え、液体の状態で発酵させます。九州地方の黒酢でよく見られる、壺で発酵させる製法も、この「液体発酵」です。
一方、「真黒酢」は「固体発酵」。原料の玄米と小麦を湿らせて、半乾きの状態を保って発酵を行います。それによって、発酵している間も原料を空気に触れさせることができます。空気、つまり酸素は発酵には欠かせません。その酸素を、よりたくさん吸収させることで発酵がより活発になり、その結果、濃厚なお酢ができるのです。
原料からそのままお酢ができるので、とても濃いお酢ができるわけですが、手間もひまもかかり、そのわりに量ができません。ただただ「世界一」を造りたくて造っているので、正直なところ商売にはなっていませんが(笑)、弊社の看板商品です。
「固体発酵」は、中国の特定地方に古くから伝わる製法。2代目横井弘氏が酢の製法調査を目的に
本場中国に赴き、自社でこの方法に挑戦することを決意したそうです。
大量の原料からわずかしかできない分、濃厚で熟成度が高く、栄養成分もたっぷり。
―味の特徴を教えてください。
横井 味は、黒砂糖のような深いコクと甘みが特徴で、とてもまろやかです。飲むお酢に、とても適していると思いますが、フランスではこれを煮詰めてソースとして使っていただいたりもしています。バルサミコのように濃厚なので、お肉料理によく合うんです。
個人的には、小籠包に真黒酢をジャブジャブつけて食べるのが好きです。おいしいので、ぜひお試しください!
ソースとしてバニラアイスにかけると、ほどよい酸味と旨みが加わり、大人向きの味わいに。
れんこんと鳥手羽元の黒酢煮。お酢の力で鶏肉はほろほろ、れんこんもしっとり。
横井社長お気に入りの、小籠包との組み合わせ。
じゅわっとしみ出た肉汁&ラードが、真黒酢のおかげで、旨みを保ちつつ後味さっぱり。
いくつでも食べられそう……。
―「世界一濃いお酢」を造る、つまり他の人がやっていないことにチャレンジをし続けていらっしゃるのですね。今後の展開をどのように考えていらっしゃいますか?
横井 弊社は創業以来、プロの方々とのお付き合いを主にしてきましたが、コロナ禍を機に、もっと一般の方々にも弊社のお酢を知っていただきたい、味わっていただきたいと、SNSにも力を入れ、商品を使ったレシピなどをご紹介しています(https://www.instagram.com/yokoi1937/)。おかげさまでご好評いただき、一般のお客様とのお付き合いも増えました。今後も工夫をして、お酢の魅力をどんどん発信していきたいと考えています。
私が考えるお酢の一番の魅力は、健康効果はもちろんですが何よりも「笑顔のあるところに存在する食材」だということです。お酢はあくまでも調味料で主役にはなれませんが、お寿司や鍋ものポン酢など、家族やご友人が集まって楽しくお食事されるシーンには必ず登場します。ですから、弊社でも「笑顔のあるところにヨコ井の酢がある」と思っていただけるような商品造り、サービスを心がけていこうと思っています。
―お酢は、幸せな食卓を演出する名脇役なのですね!素敵なお話をありがとうございました。
「ハチミツりんご酢」500ml
価格:¥1,080(税込)
店名:ヨコ井の酢
電話:03-3522-1111(9:00~16:00 土日・祝日・年末年始除く)
定休日:インターネットでのご注文は24時間365日受付
商品URL:https://www.yokoinosu.net/SHOP/yk065.html
オンラインショップ:https://www.yokoinosu.net/
「真黒酢」500ml
価格:¥1,944(税込)
店名:ヨコ井の酢
電話:03-3522-1111(9:00~16:00 土日・祝日・年末年始除く)
定休日:インターネットでのご注文は24時間365日受付
商品URL:https://www.yokoinosu.net/SHOP/yk001.html
オンラインショップ:https://www.yokoinosu.net/
※紹介した商品・店舗情報はすべて、WEB掲載時の情報です。
変更もしくは販売が終了していることもあります。
<Guest’s profile>
横井太郎(横井醸造工業株式会社 代表取締役社長)
1963年生まれ。1996年に横井醸造工業株式会社に入社。2007年に同社代表取締役社長に就任。美味しい和食、寿司を海外に広めるため海外展開にも注力している。
<文・撮影/鈴木裕子 MC/津田菜波 画像協力/横井醸造工業>