今回取材するのは地ビール創成期の1995年からクラフトビール生産を手がける、先駆的な岩手県の製造者。ラガーとはまた違った、香りを立たせるエールの持ち味を存分に生かした商品は世界が認めた超一級品。ビールコンテストで何度も世界一を獲得し、現在でも新商品開発に余念がない老舗の酒蔵に、編集長のアッキ―こと坂口明子が注目しました。世嬉の一酒造株式会社 代表取締役社長の佐藤航氏にビール事業とご当地オリジナル商品の誕生秘話などお話を伺いました。
香り高きエールの極み!世界のビール品評会金賞の常連、岩手県の酒蔵の「いわて蔵ビール」
2024/02/07
世嬉の一酒造株式会社 代表取締役社長 佐藤航氏
―貴社の歩みと社名の由来についてお聞かせください。
佐藤 弊社を遡ると、江戸時代から続く「熊文酒屋」を発祥としています。この酒蔵を銀行の役員だった私のひい祖父が買い取り、立ち上げた「横屋酒造」が現在の原型です。社名を変更し戦中戦後の混乱を経て、昭和中期に酒蔵とは別に自動車学校も開業しています。
祖父が亡くなった時に酒造を廃業する話も出ましたが、祖母が「この蔵はもう一度建て直すことはできない」と反対。そこで私の父が2件あった自動車学校を1件売却して再投資し、酒蔵を残したという経緯があります。
社名は皇室の閑院宮様から、「世の人々が嬉しくなる一番の酒づくりを」という意味で「世嬉の一(せきのいち)」の名をいただいたのが由来です。
年間30種類を製作し、約15種類は常時スタンバイ。
世の多くの人に喜ばれる商品づくりを心がけています。
―家業を継がれるまでの経緯を教えてください。
佐藤 子供の頃から家業を継ぐ意識がはっきりあったわけではなく、継ぐとすれば父が経営していた自動車学校のほうだとなんとなく予想していました。ただ、中学生の頃に祖父が急死したことで、いつか酒造を継ぐことになるかもしれないと考えましたが、具体的な話がないまま東京のコンサルタント会社に就職してサラリーマン生活を送っていました。
ところが、そこで6年間働いた頃に状況は急展開。ビール事業が赤字を抱えて経営が大変になったため、私が呼び戻されたのです。そして家に戻ってからは不振のビール事業復興に注力し、2012年に4代目社長に就任したという経緯です。
ブランド名「いわて蔵ビール」は地域の公募で決定。
ロゴは海外展開を意識した斬新なデザイン。
―クラフトビールに取り組まれたのですね。
佐藤 ビールは1995年、先代の時代に町おこしで立ち上がった事業です。余った蔵を利用して地域の5社で協同組合としてスタートしたのですが、5年も経たない1999年にはかなりの不振に陥っていました。会社は赤字を抱え、働いていた人たちもみんな辞めていく状況です。私が家に帰って参加した頃には弊社1社となり孤軍奮闘を続けていました。
それからのちに入った現工場長と2人で商品開発をしながらお客様に飲んでもらうことを繰り返していくうちに、じわじわと上昇の兆しが見え始めてきました。
―低迷期から抜け出すターニングポイントとは?
佐藤 クラフトビールは麦もホップもほとんど海外から輸入する原料で、地のものといえば水くらいです。何か独自のものを開発したいと思ったとき、世界ビール事典という本を読みました。その中で19世紀にイギリスのブルワリーが生ガキと黒ビールの食べ合わせがすごくおいしいと聞いて、カキを使用したオイスタースタウトという黒ビールをつくった、そういうエピソードがあったんです。
カキのだしをとった麦汁でビールを醸造することで、通常よりもアミノ酸のうまみ成分が強い黒ビールができます。私たちの本拠地一関市は陸前高田市という港町のとなりで、新鮮なカキが有利に入手できますから、このビールづくりにはもってこいの環境です。地元の漁師さんの支援はとてもうれしかったです。前日に電話しておけば、次の日にとれたばかりのカキを「はいどうぞ」と持ってきてくれましたから。
そうした皆さんのご協力のもとで製造したカキの黒ビールは、周囲や市場からの手応えを感じるものでした。これが1つの転機となり、ビール事業は徐々に上向きになっていきました。
クリーミーな泡が旨味を閉じ込め、グラスを傾けるたびにコクが増していくのを感じられます。
―他にもご当地ならではのビールをご紹介ください。
佐藤 その後もオリジナリティの高いビールを求めました。和食の2大香辛料といえるゆずと山椒に注目し、香りをきかせるアロマホップの代わりに岩手の山椒を使い試行錯誤してつくったのが「ジャパニーズエール山椒」です。
この商品の反響はインパクトがありました。2014年に「世界に伝えたい日本のクラフトビール」という大会が外国人記者クラブで開催され、グランプリを取ったんです。しかもそれは、外国人記者の投票で2位と圧倒的な差で!これには大いに勇気づけられ、発売から20年経っても改善を繰り返してロングセラー商品へと成長しています。
画像で香りが伝わらないのが残念。
甘さの中にかすかにスパイシーで深みのある香りが辺り一面に広がります。
―クラフトビール生産の上でこだわりはありますか?
佐藤 実は弊社、大手メーカーにもビールを納めています。こだわりを強く持ち過ぎて”かたくな”になりたくないですから。それよりも「自分たちができることは何か」を常に考えて商品づくりに生かしています。
たとえば、地元にはりんご農家の方が多いので、冬にりんごを東京に出荷する際、傷があったり完熟したりすると東京の青果市場からスーパーに行く間に熟し過ぎます。加工用に回るこれらを使って新しい商品開発できないかということで、シードル(りんご酒)やビールに採用するようになりました。
私たちは決してメガヒットを狙っているのでなく、一仕込み分がきちんと売れればある程度オーケーなのです。そこでおいしさを分かってくれる人たちがマイペースに買っていただければ、私たちの経営は成り立ちます。
ですからトレンドで売れそうなものより、地元にあるものやご縁があったもので商品を開発していくのが私たちの持ち味だと考えています。
岩手の特産品を使用したクラフトビールは、米国をはじめ海外にも輸出しています。
―代表的な商品に合うお料理や飲み方を教えてください。
佐藤 「山椒のビール」は幅広く合わせやすいですが、特にフィッシュアンドチップスや白身魚のようなフライ系との相性はすごくいいです。口の中を綺麗にしてくれるので油もの全般に合います。
「レッドエール」の場合は味の濃いものを。たとえばステーキや赤身の肉料理、みそやしょうゆを使った煮物などが合います。
黒ビールの「オイスタースタウト」はチョコレートやナッツ、干しブドウのようなものか、ビール単体で楽しむタイプになります。
クラスの中で温まってくると香りが立ってくるので、いずれの商品もあまり冷やし過ぎないほうがベターです。それぞれのビールに特有の香りを持っていて、たとえばオイスタースタウトだとカキというより少しチョコレートフレーバーの香りになります。
それを楽しむためには冷蔵庫でキンキンに冷やしてすぐ飲むのではなく、適度に冷やしたものが周りの温度に馴染むのを感じながらゆっくり飲むほうが、味の面白さが分かってもらえると思います。
肉料理と相性のいい「レッドエール」。ワールドビールアウォードで2回連続世界一を獲得。
―今後の展望をお聞かせください。
佐藤 皆さんの会話に上るようなビールづくりに取り組んでいきたいです。「うちの町にはおいしいビールがあって、立派なカキがとれるからいいものができる」とか「こういう山があって、そこでりんごが育ってこのビールができるんだよ」と、都会に出ていった地元の人、そして初めて知った人の話題づくりに一役買いたいです。
私たちの魅力をしっかり伝えるクラフトビールをつくることで人と人がつながる、そんな風になればとてもうれしく、そして強いやりがいを感じます。
代表作のほとんどが世界的ビールコンテストで複数入賞。
―本日は、素敵なお話をありがとうございました!
「いわて蔵ビール」(各330ml)
価格:¥638(税込、1本当たり)
店名:世嬉の一酒造 蔵元直送通販サイト
電話:0191-21-1144(9:00~18:00)
定休日:インターネットでのご注文は24時間365日受付
商品URL: https://sekinoichi.co.jp/beer/
オンラインショップ: https://www.sekinoichi.com/fs/sekinoichi/c/iwate_kura_beer
※紹介した商品・店舗情報はすべて、WEB掲載時の情報です。
変更もしくは販売が終了していることもあります。
<Guest’s profile>
佐藤航(世嬉の一酒造株式会社 代表取締役社長)
1971年9月生まれ。都内でサラリーマンを経験したのち、30歳の時に家業である世嬉の一酒造株式会社に入社。当時赤字だったビール部門の製造責任者になり、実際に醸造を担当。現在ビール製造はスタッフに任せ、杜氏として清酒にも力を入れている。
<文・撮影/田中省二 MC/伊藤マヤ 画像協力/世嬉の一酒造>