静岡県伊東市にある株式会社石舟庵は、季節のフルーツを楽しめるオリジナリティの高いお菓子を販売しています。今回編集長アッキ―こと坂口明子が気になった人気商品の一つである「だいだいしぐれ」は、開発まで時間を要したそうです。同社代表取締役の高木康行氏に、取材陣が伺いました。
熱海の宝“だいだい”の香りが人気の「だいだいしぐれ」ができるまで
2024/06/11
株式会社石舟庵 代表取締役の高木康行氏(右)
―創業の経緯は?
高木 私の祖母が飴を行商していたのが始まりです。祖母は新潟県出身で、戦後、親戚を頼って静岡県伊東に疎開してきたと聞いています。競合が7〜8社あったので、いろいろと工夫していたようです。
その後、丸越製菓という観光土産菓子屋を祖父と創業しました。私の父が跡を継ぎ、伊豆でシェアNo. 1の規模になりました。いつかは直営の和菓子専門店を作りたいという思いから父が丸越製菓から独立し弊社を創業しました。
「石舟庵」湯川本店の外観。
―いずれは家業を継ぐお気持ちはあったのでしょうか。
高木 高校生の頃にはすでに意識していました。大学卒業後、お菓子の専門学校で製菓理論を学んでから、父が懇意にしていた岡山県にある洋菓子専門店・白十字の二木社長のもとでいろいろと教えていただきました。近くに有名な競合他社が複数ある、ものすごい激戦地でした。
特に時間をかけて学んだのは、お店作りについてです。どうしたらお客様に喜んでいただけるのか理解していないと、商品開発はできません。店舗レイアウトやプライスの位置を変えるだけでも売り上げが変わるので、お店は生き物のようだと実感しました。
弊社に戻ってからは商品の仕入から価格設定、販売方法を考え、販促方法の計画から実行まで、お店作りにかかわる全てをやらなければならなかったので、白十字さんでの経験は非常に役に立ちました。
―お菓子作りにおいて、代々守ってきた信念は?
高木 父の代から「よりおいしく、より楽しく」という経営理念を掲げていたので、コストパフォーマンスよりも、おいしいものを作ることを最優先にしています。「この素材を一番おいしく食べるにはどんなお菓子がよいだろうか」と常に考えながら開発しています。
また、お菓子が持っているストーリーも大事にしています。どんな生産者さんがどんな思いで素材を作っているのかを知り、地元の人に馴染みのある歴史性をプラスするなど、オリジナル感をどう出すか工夫しています。これは、父から続く地元である伊豆を大切にしたいという同じ思いです。
―フルーツを使った多彩なラインナップが魅力です。
高木 弊社は今年で創業40周年になりますが、最初の10年ぐらいはフルーツはあまり使っていませんでした。2000年に「みかんの花咲く丘」という地元のニューサマーオレンジの柑橘を使ったチーズタルトを発売したところ、非常に多くのお客様に喜んでいただき、そこからは和洋問わずいろいろなバリエーションのお菓子をご提案するようになりました。素材はできる限り地元のものにこだわっています。
―商品の企画はどのように行っていますか?
高木 商品によってチームが分かれており、各チームに私が加わって企画しています。企画の際はみんなで農家さんのところへ行って収穫させてもらうなど、実際に農の現場を体験することを心掛けています。バックボーンに自然体験があるからこそ着想として広がる部分があると考えています。
たとえば「だいだいしぐれ」なら、口で説明してもだいだいの香りは伝わらないので、だいだい畑に行って生産者さんの話を聞き、一緒に収穫して、そのときの香りをどう表現するか考えました。
「だいだいしぐれ」のパッケージには、木に実るだいだいが描かれている。
―「だいだいしぐれ」の着想は?
高木 だいだいは古くからある柑橘で、約10年前から、JAさんよりだいだいのお菓子ができないかお声をいただいていました。でも、過去3回チャレンジしましたが、全て失敗しています。香りはすごく良いのですが、渋みとエグみがきつく、酸味も強くて、特に加工の難しい柑橘でした。だいだいに限らず、柑橘類をお菓子にするのはものすごく難しいのです。
半ば諦めていましたが、熱海経済新聞の磯部洋樹さんという方が、熱海のだいだい農家の岡野谷さんを紹介してくださいました。2021年の秋頃、岡野谷さんのだいだい畑へ行くと、「これでお菓子を作ってください」とコンテナ2つ分のだいだいを渡されました。
セオリー通りに加工しましたが、やはり最初はうまくいきませんでした。そこで、だいだいの果皮、白わた、砂嚢と細かく分解し、徹底的に分析しました。すると、皮の白いわたの部分の苦みが強いとわかったので、だいだいの表皮の部分だけ加工してみました。すると、なんとかなりそうなところまでたどり着き、その後、弊社の職人が渋みを取り除く画期的な加工法を開発し、初めてだいだいのおいしいピューレを作ることに成功しました。ここまで3〜4ヶ月かかりました。
―岡野谷さんはどんな反応でしたか?
高木 だいだいのピューレを使った上生菓子を食べてもらったところ、「だいだい畑の香りがする」といって泣き出してしまいました。理由を聞くと、「香りと酸味は素晴らしいけれど、実は俺もだいだいをおいしいと思ったことがないんだよ」と言ったのです。彼はとある方から「だいだいは熱海の宝だ」と言われ、使命感に燃えてだいだいを作っていましたが、柑橘として美味しく食べもらえる方法がみつからないジレンマがあったそうです。
そこからだいだいのピューレ作りを本格化し、弊社の独自の技術で炊き込むと香りが閉じ込められたことがわかりました。その後、意外と早い段階で「時雨菓子」がとても相性の良い和和菓子と判明しました。時雨菓子は柔らかくて口どけがよく、意外と日持ちするので、いろいろなシーンで召し上がっていただけます。その後、2022年6月に発売されました。
蓋を開けると、食べやすいサイズの時雨が並んでいる。
―餡はだいだいの味噌餡という珍しい組み合わせです。
高木 ある程度できあがった段階でもうひと味物足りなさを感じ、みんなで話し合ったところ、ふろふき大根や味噌煮大根にゆずをのせるとおいしくなることを思い出し、だいだいと味噌も相性がよさそうだという話になり、味噌餡にだいだいを入れてみたら思いのほか相性がよかったので採用しました。
だいだいの皮を使ったピューレと果汁を味噌餡の仕上げに混ぜこんでいます。普通は黄身時雨(きみしぐれ)なので、卵の香りがもっと強く、クリーム色に仕上がりますが、だいだいのオレンジ色が綺麗に見えた方がいいので、あえて白い卵を使用し、白い黄身時雨になっています。
中の餡はだいだいの皮がアクセントとなっている。
―お客様の反応はいかがですか。
高木 ありがたいことに、箱根の高級旅館さんから「オリジナルのお菓子にして欲しい」とご依頼があり、採用されました。地元熱海の来宮神社さんでは、祈祷の方の待ち時間などに出していただいています。だいだいは「代々続く」として縁起が良い柑橘と言われているそうです。熱海地区にお住まいの方からは「熱海らしさに初めて気付いた」というお声がありました。
―今後の展望は?
高木 発売に向けて開発中のだいだいケーキという商品があります。焼き菓子は香りが飛んでしまうので、だいだいのもぎたての香りをどうお菓子に閉じ込めるか悩みましたが、クラフトジンの技術を応用するとだいだいの皮の香りが再現できるということがわかったので、今はだいだいケーキのために、だいだいの皮を使ったクラフトジンを作っています。
それと、農家さんにお願いして、だいだいの木を育てるプチ自社農園を作ろうとしています。だいだいは収穫時期によって香りが違うので、お菓子としての香りが一番ベストな収穫時期はどこなのか実験したいのです。使う場所によって香りの収穫時期を変えてもおもしろそうですし、だいだいの魅力をより引き出す方法を考えています。熱海のだいだいをよりアピールしていくことが次のステップだと思っています。
―素材との向き合い方が素晴らしいです。貴重なお話をありがとうございました!
「だいだいしぐれ」(6個)
価格:¥1,230(税込)
店名:石舟庵オンラインストア
電話:0557-38-3500
定休日:インターネットでのご注文は24時間365日受付
商品URL:https://shop.sekishuan.co.jp/products/%E3%81%A0%E3%81%84%E3%81%A0%E3%81%84%E3%81%97%E3%81%90%E3%82%8C-%EF%BC%96%E3%83%B6%E5%85%A5
オンラインショップ:https://shop.sekishuan.co.jp/
※紹介した商品・店舗情報はすべて、WEB掲載時の情報です。
変更もしくは販売が終了していることもあります。
<Guest’s profile>
高木康行(株式会社石舟庵 代表取締役)
1971年生まれ。立命館大学を卒業後、日本菓子専門学校へ入学し製菓理論を学ぶ。1995年、岡山県の洋菓子店・白十字へ入社し修業。1997年に株式会社石舟庵へ入社、2010年に同社代表取締役へ就任。趣味は息子とのサイクリング。阪神タイガースファン。
<文・撮影/サカモトアヤ MC/三好彩子 画像協力/石舟庵>