今回編集長アッキ―こと坂口明子が気になったのは、農薬や化学肥料、殺虫剤も使わず、自社農園で育てた小麦を使いつくった手作りパン。
「山のパン屋」というその名の通り、兵庫県西宮市の山奥で1号店を構える「山のパン屋Daddy’s Bakery(ダディーズ ベーカリー)」。株式会社麦わら 代表取締役の村井文仁氏に、取材陣が伺いました。
自社農園で農薬も化学肥料も使わず小麦からつくるパン屋の「一尺二寸」と「石臼ブロート」
2024/10/25
―パン屋を開業した経緯を教えてください。
村井 私は元グラフィックデザイナーで、元大工で、いまパン屋です。
阪神大震災のとき、大工さんのもとで、壊れた家を解体したり、修理したりする手伝いをしました。木材を使ったモノづくりに興味を持ち、大工見習を5年ほど経験したのち、店舗設計や施工などを行う工務店を興して飲食店やカフェなどを多く手掛けました。
西宮の山麓に広い土地を持っていましたので、店舗設計や大工の経験を生かして、トレーラーハウスを使ったカフェをオープン。そのカフェ自体はあまりうまくいかなかったのですが、こんな山の中でパン屋をやったら面白いのではないかと、ふと思い立ち、「山のパン屋Daddy’s Bakery」を2008年にオープンしました。
でも私自身にパンづくりの経験は一切ありませんので、職人さんを募集しましたが、なにせ山の中なので、誰も応募してこない。仕方がないので、自分でつくってみることにしたのです。本当に独学で、ゼロからのスタートです。
でも、やりはじめると段々とパンづくりの面白さにハマっていきました。もともと建築畑ですが、モノづくりという面では同じかもしれないと、やったことのないモノづくりに挑戦しているという感覚でした。試行錯誤しながら、自分が好きだったフランスパンなどのシンプルな食事系のパンや、サンドイッチに合うパンを中心にラインナップを増やし、3年ほど経った頃には、お客様から「おいしい」という声をいただけるようになりました。
わざわざ山の奥まで買いに来てくださるお客様を「もっと喜ばせたい!」と思うようになり、ますますパンづくりにのめりこんでいきました。
兵庫県西宮市山口町船坂にある西宮店。
稲見店・須磨店ともにイートイン席があり、
コーヒーなどとともに購入したパンを食べることができる。
―まったくの未経験で、独学でのパンづくりは大変なことも多かったのでは?
村井 当時「天然酵母パン」というのが流行りはじめていて。その流れに乗ってみようと思った一面もありました。しかし、仮にパン自体はすぐにつくることができても、同じクオリティのものをつくり続けるということが、非常に難しかったです。
酵母は生きものですから、水の温度や室温、気温の変化にとても敏感で、今日はうまくいっても、明日うまくいくとは限らない。でも、その挑戦が楽しかったのも事実です。
正直なことをいうと、何かの添加物を入れると、量も質も安定してパンをつくることはできると思います。でも私自身、そういったことに興味が持てませんでした。ナチュラルなイメージではじまったパン屋なので、お客様もそういうパンを求めて遠路はるばるいらっしゃるわけですから、裏切るわけにはいきません。
―小麦を自家栽培するようになった理由は?
村井 ナチュラルなパンを目指してつくっていた中で、日本で使われている小麦の約90%がアメリカやカナダなどから輸入されていると知りました。国産小麦は1割程度で、パンづくりに使われるのはそこから2割ほど。
しかも、パン用のオーガニック小麦となると、当時は本当になかったのです。パンの根幹は、小麦です。もっと安心して、もっとおいしくパンを食べていただくために、「ないなら自分で小麦からつくってみよう」と思いました。
ご縁があって、南あわじ市の農家さんに栽培指導いただき、新品種のパン用小麦「せときらら」を試験栽培。2017年から兵庫県南あわじ市と稲美町に自社農園を構え、本格的に栽培をはじめました。しかも、農薬や化学肥料、殺虫剤も一切使いません。いまでは6,000坪ほどの小麦畑で約6トンの小麦をつくっていて、従業員総出で土づくりから種まき、草取り、稲刈りなど、地道に行っています。これでもまだまだ小麦の量は足りませんので、今後、耕作放棄地などを活用して栽培量を増やしていきたいと思っています。
自社農園の「せときらら」を自家製粉した全粒粉は、
一般のお客様向けに販売もしている(オンラインショップでも購入できる)。
―今回ご紹介するパン「一尺二寸(いっしゃくにすん)」について教えてください。
村井 自家製栽培の小麦粉「せときらら」と塩、水でつくった食パンです。砂糖や卵、乳製品、添加物は一切使っていません。日本の食パンって、砂糖や卵、バターなどがたっぷり入っているものが多いのですが、私自身がもともとフランスパンのようなシンプルなパンが好きですので、そのような食パンを目指しました。
日本の一般家庭でフランスパンが日常的に食べられている習慣はさほどないかなと思いましたので、シンプルなパン生地を四角い型に入れて、日本の家庭により馴染みのある食パンとして販売することに。その名の通り、1本「一尺二寸」、約36cmの長さです。
私は元大工ですから、尺や寸という単位に馴染みがあるということと、1年365日毎日食べても飽きない、おいしいパンというコンセプトからこう名付けました。パンの耳を切り落としてしまう人もいますが、この食パンはその耳こそがおいしので、ぜひ味わってもらいたいですね。
まずはこのまま食べて小麦の味を感じてみて。
さらに軽くトーストしたり、蒸したりすると、また違った味わいを楽しめる。
約36cmもあるので、保存の際は厚みを変えてスライスしておくと、
食べ方にバリエーションが出る。
―「石臼ブロート」はどういうパンでしょうか。
村井 こちらも自家栽培の「せときらら」の全粒粉小麦を80%以上使用した天然酵母の食パンで、ドイツの黒パンのようなハードブレッドです。
天日でじっくり日数をかけて乾燥させた小麦を石臼で自家製粉しているところにもこだわっています。機械ではなく石臼でゆっくり時間をかけて製粉することで、小麦本来の香りを損ないませんし、小麦の皮ごと挽くのでミネラル成分も食物繊維も残っています。ずっしりと重たいパンですが、薄くスライスして、軽く蒸したりトーストしたりして、召し上がってください。
とても滋味深い、噛むほどに旨みを感じるパン。
このまま食べても美味だが、酸味の食材と好相性。
写真はスライスチーズときゅうりに黒胡椒、クリームチーズといちじくジャムをサンド。
―新しいことを開拓し、挑戦し続けている原動力はどこにありますでしょうか。
村井 今の時代はとても食が豊かになって、冷凍食品だったり日持ちがする食べ物だったり、科学の力が入ったものも多いと思います。一方で、余計な手を加えない、自然な方法でつくられた食品が減ってきているとも感じています。
私たちがつくっているパンは、とても素朴なものです。砂糖やバターがたっぷりのパンや添加物の味に慣れた人たちからすれば、ある意味、衝撃的かもしれません。だからこそ、そういった人たちに、余計なものを入れない、科学の力に頼らない私たちのパンを食べてもらいたいという気持ちがあります。
こんな時代だからこそ、私たちがつくっているような素朴なパンに価値を見出してくれる人も増えていくのではないかと思っています。
それに私たち自身が、土づくりからはじまって小麦を育て、最低限の材料だけでシンプルなパンをつくることを楽しんでいます。パンづくりも農業も素人としてスタートしましたが、今となっては半分趣味のように、生きがいになっているかもしれません。
―最後に、今後の展望をお聞かせください。
村井 兵庫県内で、2018年に2号店「稲美店」を畑の中に、2022年に3号店「須磨店」を海のそばにオープンしました。ありがたいことに、オンラインショップも含めると、兵庫県のみならず全国の多くのお客様に愛していただいております。
今後、一人でも多くのお客様のニーズに応えるべく、当社のすべてのパンに100%自社小麦を使うことを目指して、農園を拡大させ、店舗も増やしたい。そして、外国から小麦を買うために、二毛作を諦める農業ではなく、米を育てたあとに小麦をつくるという本来の日本の農業に戻したい。国産小麦率を少しでも上げ、それが日本の農業の発展につながることを願って、これからも素朴なパンをつくりつづけていきます。
お客様のリクエストに応え、オンラインショップにはリッチなパンも揃える。
実店舗では惣菜パンや菓子パンなどのラインナップも。
―すばらしいお話をありがとうございました!
「一尺二寸」(1本)(画像上)
価格:¥1,296(税込)
店名:ダディーズベーカリー
電話:079-497-5755(8:00~18:00 電話受付不可)
定休日:インターネットでのご注文は24時間365日受付
商品URL:一尺二寸 | Daddy’s Bakery(ダディーズベーカリー) (stores.jp)
オンラインショップ:Daddy’s Bakery(ダディーズベーカリー) (stores.jp)
「石臼ブロート」(画像下)
価格:¥1,188(税込)
店名:ダディーズベーカリー
電話:079-497-5755(8:00~18:00 電話受付不可)
定休日:インターネットでのご注文は24時間365日受付
商品URL:石臼ブロート | Daddy’s Bakery(ダディーズベーカリー) (stores.jp)
オンラインショップ:Daddy’s Bakery(ダディーズベーカリー) (stores.jp)
※紹介した商品・店舗情報はすべて、WEB掲載時の情報です。
変更もしくは販売が終了していることもあります。
<Guest’s profile>
村井文仁(株式会社麦わら 代表取締役)
2000年兵庫県西宮市に工務店を開業。2008年「山のパン屋Daddy’s Bakery(ダディーズ ベーカリー)」の1号店を西宮市山口町にオープン。2016年兵庫県南あわじ市でパン用小麦「せときらら」の試験栽培をはじめ、2017年に南あわじ市と同県稲美町に自社農園を取得。本格的な小麦栽培にのりだす。2018年に2号店「稲美店」、2022年に3号店「須磨店」をオープン。
<文・撮影/よしおかまさこ MC/菊地美咲 画像協力/麦わら>