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「ここでしかできない」。富山発のクラフト・ウイスキー「三郎丸蒸留所」が作った、世界で一番スモーキーなハイボール

2024/11/15

ジャパニーズ・ウイスキーが世界的に流行している昨今、1952年から富山県砺波市(となみし)で蒸留所を営んでいる若鶴酒造株式会社が、2017年にウイスキー蒸留所をリニューアル。以降、快進撃を続ける同社の商品に、編集長・アッキーが注目しました。5代目社長の稲垣貴彦氏に編集部がお話を伺いました。

若鶴酒造株式会社 代表取締役社長兼CEO稲垣貴彦氏
若鶴酒造株式会社 代表取締役社長兼CEO稲垣貴彦氏

―1862年(文久2年)からという長い歴史について、教えてください。

稲垣 若鶴という銘柄自体は1862年(文久2年)からあるのですが、旅館と酒屋を営んでいた稲垣家が酒造免許を譲り受けたのは1910年です。といっても、当時は酒の消費が低迷していた時代で、工場もなく、免許があそんでいる状態でした。稲垣家は逆境にこそ投資するという精神で新たな事業に乗り出しました。品質向上に一生懸命に取り組んだことにより目論みはあたり、そこからどんどん拡大をしていきました。しかしながら、敗戦により酒蔵も大きな被害を受けました。戦後の米がない時代だったので日本酒は作ることができず、当時統制外であった菊芋を使って焼酎を作ったのが蒸留酒製造の始まりです。

1950年に(ウイスキーを含む)雑酒の免許、1952年に新設されたウイスキーの製造免許を取得し、1953年の春に、「サンシャインウイスキー」というウイスキーを発売しています。実は、この名前が公募だったことも私が富山に戻ってきてからわかりました。賞金が1万円(現在の50万円ほど)だったそうで、曾祖父は新たな酒造りに挑戦して地元を盛り上げたかったのだろうと思います。戦後の困窮する生活の中、約2千通もの応募があったそうです。

現在の「三郎丸蒸留所」。1953年には一度火災で焼け、町の人たちと復興するなどの歴史を経て、
2017年に稲垣社長の発案でリニューアルされた。

―稲垣社長とウイスキーの出会いは?

稲垣 僕は大阪大学で釣部に所属していたのですが、30kgくらいの荷物を背負って山を登るというハードな部活でした。最初は頑張って日本酒の一升瓶を担いで登っていましたが、受験勉強で体力が落ちた身には堪えました。もっと軽くて酔える酒はないだろうかとウイスキーを持って行くようになりました。そういえばうちでもウイスキーを造っていたことは知っていましたが、あまり力を入れている感じがせず、他社のウイスキーを飲んでいました。

大学卒業後はIT企業に4年弱ほど勤めたのち、もの作りがしたくて2015年に家業に戻りました。その時、曽祖父が1960年に蒸留したウイスキーが残っていることがわかって、それを飲んだらとても感動してしまったんです。一つのウイスキーにより50年の時を通じて曾祖父から孫の時代までつながったような気がしました。それが時を超える酒であるウイスキーにハマるようになったきっかけです。

―そこからウイスキー造りに取り組まれたのですね?

稲垣 とはいえ、その時にはまだウイスキーのこともよく知らなかったし、しかもうちで造っていたのは、いわゆる地ウイスキーや、かつての2級ウイスキーと呼ばれた、世界的な基準で見ればウイスキーではないものでした。それもあって、会社としても全くウイスキーに力を入れていなくて、売上の比率も全体の一桁台しかないくらいでした。

でも、僕はすごくロマンを感じていたし、曾祖父の続けてきたウイスキー事業を未来に繋ぎたいと思っていました。それで、曾祖父のウイスキーを「三郎丸1960」として155本限定、1本55万円で販売しました。社内の雰囲気では「こんな古いもの売れるんですか?」といぶかる向きもありましたが、実際に販売してみると抽選に応募が殺到しました。現在では「三郎丸1960」は、海外で900万円ほどで取引されているそうです。

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若鶴ウイスキーの産みの親である二代目・稲垣小太郎氏によって蒸留された「三郎丸1960」。
※現在は購入受付終了

―見学できる蒸留所「三郎丸蒸留所」が人気になっています。

稲垣 蒸留所をクラウドファンディングで立て直す時、見学できるようにしようと考えました。なぜかというと、地元の人でさえ「若鶴ってウイスキー造ってたのか」「まだやってたんですか」などと言われることが多かったんです。社員ですら用がなければ近づかないようなひどい状態で、窓は割れているし、雨漏りはするし、床は抜けているみたいなところで造っていました。

そのまま人に見せられないような場所でやっているのは、もの作りの姿勢として、僕はおかしいんじゃないかって感じていました。それで、見学できる蒸留所に生まれ変わろうということで、2016年の9月からクラウドファンディングを開始したところ、その頃、日本で五番目に入るくらいの金額、3,800万円以上が集まったんです。しかも約80%が地元の人たちからの支援でした。その頃は今のようなウイスキーブームという感じではなく、蒸溜所が再興できたのは本当に地元の人たちの支えのおかげです。今では国内外から3万人が訪れる蒸留所になりました。

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「三郎丸蒸留所」として生まれ変わり、
富山の地からウイスキーの魅力を発信するクラフト蒸留所として活動を続けている。

―御社のウイスキーの特長について教えてください。

稲垣 2016年あたりから日本に新しいウイスキー蒸留所がどんどんできていたのですが、その中でも「三郎丸」は、昔からスモーキーなウイスキーを造ってきました。もともと日本では、スコットランドのピートが効いたウイスキーは「薬臭い」とか「煙っぽい」とかといわれて全くウケませんでした。それが時代が進んで、日本でもウイスキーの嗜好が深まってきて、スモーキーな銘柄も人気になってきました。その中で昔から変わらずにスモーキーなものを造ってきた「三郎丸」は、独自の立ち位置にいるのかな、と思います。

―製法としてはどんな特長が?

稲垣 スモーキーになるのは、原材料が由来です。ピートを使って燻した麦芽を使用します。ピートというのは日本では聞き慣れませんが、泥炭のことです。スコットランドでは、寒い大地でゆっくり植物が炭化することにより泥炭層が形成されます。これを昔は暖炉などにくべていたのです。同じようにピートを燃やすことでウイスキーの材料になる「モルト」を作ります。ウイスキーは、麦を一度発芽させて乾燥させることでモルトの状態(=麦芽)にして仕込むんです。乾燥させるときにピートが使われることでスモーキーなフレーバーがつきます。ただ、今はノンピートと呼ばれるスモーキーさのない麦芽が主流になっています。ただ、うちは昔から非常に強くピートが効いた、ヘビリーピーテッドという麦芽を使ってウイスキーを仕込んできたという特長があります。

また、樽はミズナラも使っています。ミズナラはジャパニーズウイスキーの一つの特徴で、オリエンタルな香りを持つということで人気になっています。ただ、ミズナラはチローズという物質が少なくて漏れやすいんです。それを、加賀藩時代からある井波彫刻という木工技術を使って樽造りを行っています。

実は、日本には蒸留機が作れる会社も1社しかないですし、独立系の樽メーカーも1社しかありません。産業の基盤としては脆弱な部分があって、地場の技術を使って育てていくことで日本のウイスキー産業の礎にもなれるのではないかと取り組んでいます。

味としては、僕自身は古き良き時代のアイラモルト、具体的にいうと1970年代前半のアードベッグを目指しています。現代のウイスキーはどんどんライトになってきているのですが、昔のボディ感があり多層的なスモーキーウイスキーを実現したいです。

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鋳造製蒸留器も、稲垣氏自らによるオリジナル開発。
世界初の鋳造製ポットスチル「ZEMON(ゼモン)」は、
加賀藩政期から400年の歴史を持つ高岡銅器を現代に伝える町、富山県高岡市の技術によって製作された。

―今回ご紹介いただく、「スモーキーハイボール」の開発経緯は?

稲垣 これは2019年に開発した世界初のスモーキーハイボール缶です。そもそもハイボールって日本特有の飲み物ですけど、当時は缶のハイボールには砂糖やレモンが入っていたりして、純粋なウイスキーと炭酸のみで造ったハイボールは珍しかったんです。

家庭もあり仕事が忙しい中で、グラスを冷やしておいて、いい氷と炭酸を用意して、さらに炭酸が抜けないように注意深く注いでマドラーで一回回す……というのは大仕事です。ということで、自分が飲みたいものを、帰ってきてお風呂に入ってサッと飲めたら最高だな、と思って造りました。
純粋なウイスキーによるハイボール缶のため、普通のものの倍以上の値段ですが、潜在的なニーズがあったのでしょう、多くの人に受け入れられ、累計で販売本数300万本を突破しました(2024年5月時点)。

ウイスキーマニアがハイボール缶なんて、と思われそうですが、ウイスキーマニアでも疲れている日があるので、日々仕事が忙しくて、サッと飲みたい日もあります(笑)。

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バーでいただくような本物のハイボールが缶で飲めるなんて!と、びっくりするほどの味わい。
通はもちろん、スモーキーなウイスキーへの入門編としても最適。

―飲み方のコツはありますか?

稲垣 できれば香りを楽しむためにも、きちっと冷やしたグラスに入れていただきたいです。そのまま飲んでいただいてもいいですし、氷を入れた場合は、氷に当てないように注いで炭酸が抜けないようにしてください。なかなかプロのバーテンダーさんでも炭酸を残してハイボールを作るのって難しいんです。これは、ガスボリュームも0.1単位で調整してベストな状態にしてあります。

合わせるお料理は選びません。何にでも合います。基本的な唐揚げなどの揚げ物から、意外とお魚にも合ったりします。特にシチュエーションは選ばずに飲んでいただけるかなと思います。もちろん、燻製されたおつまみにも合います。キャンプやバーベキューに持っていっていただくのも贅沢ですね。

―今後についても教えてください。

稲垣 蒸留所を今ちょうど改装しています。せっかく富山に来ていただいたからにはより感動していただけるような体験を考えて、富山のことやウイスキーのことを知っていただきたく、新たな見学コースも作っていく予定です。ウイスキーを飲んでみて、なんでこんな味になるんだろうとか、どうやって造っているんだろう、と思われた方は、ぜひ蒸留所へいらしてください。

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日本で一番「駅近」の蒸留所でもある。北陸へ旅行の際には、ぜひ立ち寄りたい。

日本のクラフトウイスキーに今後も注目したいと思います。本日は貴重なお話をありがとうございました。

三郎丸蒸留所のスモーキーハイボール 3缶ギフトセット(355ml×3本)

「三郎丸蒸留所のスモーキーハイボール 3缶ギフトセット」(355ml×3本)
価格:¥1,190(税込)
店名:私と、ALC. FROM WAKATSURU
電話:0763-32-3032(9:00〜17:00 土日祝除く)
定休日:インターネットでのご注文は24時間365日受付
商品URL:https://shop.wakatsuru.co.jp/?pid=179964589
オンラインショップ:https://shop.wakatsuru.co.jp/

※紹介した商品・店舗情報はすべて、WEB掲載時の情報です。
変更もしくは販売が終了していることもあります。

<Guest’s profile>
稲垣貴彦(若鶴酒造株式会社 代表取締役)

若鶴酒造株式会社代表取締役社長(5代目)。三郎丸蒸留所マスターブレンダー兼マネージャー。1987年生まれ。富山県出身。大阪大学を卒業後、東京の外資系IT企業に就職。2015年、実家である若鶴酒造に戻り、曾祖父が始めたウイスキー造りを引き継ぐ。17年、クラウドファンディングにより蒸留所を改修し再興。19年には伝統工芸高岡銅器の技術による世界初の鋳造製蒸留器「ZEMON」を発明。日本初のジャパニーズウイスキーボトラーズT&T TOYAMA設立。著書に、『ジャパニーズウイスキー入門~現場から見た熱狂の舞台裏~』(角川新書)がある。

<文/尾崎真佐子 MC/伊藤マヤ 画像協力/若鶴酒造>

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