
酒米から無農薬で自家栽培。最良の食中酒 「NEW ENGI 山田錦 純米【7】 」
2025/03/05
今回編集長アッキ―こと坂口明子が気になったのは、杜氏が自ら育てた米で仕込む日本酒。創業200年以上の老舗酒蔵がクラフトビールで成功し、日本酒に回帰した新しい視点の酒造りに注目です。株式会社玉村本店 代表取締役社長の佐藤栄吾氏に、取材陣が伺いました。

株式会社玉村本店 代表取締役社長 佐藤栄吾氏
―佐藤社長のご経歴をお聞かせください。
佐藤 1805年創業、長野県の造り酒屋、玉村本店に生まれました。私で8代目となるので、幼少時より継ぐのが当然という雰囲気。なんとなく反発したくて、東京の大学を卒業後はアメリカの証券会社に就職し、12年勤めました。退職後すぐに家業に入るでもなく、新聞で目にした求人広告に応募。アパレルメーカーを展開する会社の執行役員を2年半ほど務めました。多くを学び、そのお返しもできたと感じた38歳の頃、自分の家の仕事の責任を果たさなくてはと長野に戻りました。
-戻られたころの御社の状況は?
佐藤 主に「縁喜(えんぎ)」という銘柄を主とする日本酒を造る傍らで、酒類の卸売りもしていました。志賀高原が商圏にあり、湯田中温泉や渋温泉などの観光地も近くて、旅館やホテルに、大手メーカーのビールを卸していました。
しかし、当時はそのどちらも調子が良いとは言えない状況。観光業はやはりバブル期をピークに衰退ぎみで、観光客も減少していました。日本酒の方も、酒の多様化が進んだことに加え、地域の会合などお酒を飲む機会がどんどん減っていた時代。日本酒製造もビール卸も簡単じゃない時期に戻ったというのが正直なところです。

1805年志賀高原の麓に創業。200年以上にわたり日本酒「縁喜」を醸してきた。
-佐藤社長が取り組まれたことは?
佐藤 日本酒の方は腕のいい杜氏がいましたからそちらに任せるとして、自分はビール造りを始めました。完全に独学です。今ほど学ぶ場もありませんでしたから、アメリカの自家醸造の本などを片っ端から読んだりして。ちょうど地ビールブームが終わる頃だったので、どこかに使わなくなった設備があるんじゃないかと探し、格安で譲っていただいたのが始まりです。
-地ビールブームの終わりがけからのスタート?
佐藤 地ビールといっても、その多くは、値段はそこそこするのに味は大手メーカーの商品に近いものが多いという印象でした。僕が目指したのは、しっかりホップが効いた、食事に負けないビール。自分たちが飲みたいビールづくりをしようと、2004年に始めました。「地ビール」という言葉の響きが好きではなくて、あえて「ビール」と呼び、世界に通用する飲み物を造ろうと思う一方で、良質な水を与えてくれる土地、自分の生まれ育った世界的な観光地としての「志賀高原」への思い入れもあり、「志賀高原ビール」と名付けました。
現在は「志賀高原ビール」と、ベルギービールにインスパイアされた「山伏」の2ブランドを展開。2006年には自分たちでホップを育てるようになり、現在は酒米のほかにスペルト小麦やブルーベリー、ラズベリーなども自家栽培しています。試行錯誤のスタートでしたが、ビール醸造と原料栽培を始めて約20年、お陰様で非常に好評で、東京を中心に、北海道から沖縄まで全国の酒屋さんで扱ってもらい、玉村本店の売り上げを支えてくれています。

8代目になり取り組んだビールの醸造。
-そんな中、日本酒のリブランディングを?
佐藤 日本酒に関しては、もともと「縁喜」が全国区の銘柄でなく、日本酒市場の縮小や観光業の衰退などもあり、杜氏任せのところが大きかったのです。しかし実は、ビール原料の栽培を始めたころから、日本酒の原料である酒米も、杜氏を筆頭に蔵人たちが自ら作るようになっていました。冬は酒を仕込み、夏は米を育てるという具合に。
長野には、この寒冷な地域に適した酒造好適米として美山錦(みやまにしき)という酒米があります。うちも、それでつくった縁喜の純米吟醸が長年一番人気の商品でした。コロナ禍に入り、今後を考えたときに、田んぼの耕作面積を増やすことにしたのです。日本酒って、蔵人が匠の技で造る工芸品というようなイメージがありませんか? 原料栽培からする僕らにとって、ビールにしろ日本酒にしろ、農作物であるホップや麦、米という原料そのものが一番大事だと感じるようになっていました。おいしいお酒を醸造する技術はあって当たり前、酒米づくりに改めて向き合おうと思ったのです。



蔵人自ら酒米の作付けから収穫までを行っている。


手塩にかけて育てた米を、自らの手で愛情を込めて酒にする。
耕作面積が3~4倍になったので、美山錦に加えて金紋錦(きんもんにしき)と山恵錦(さんけいにしき)も挑戦し、だいぶ形になってきたところで「NEW ENGI」シリーズをリリースしました。

自社栽培の酒米のみで醸す新シリーズ「NEW ENGI」シリーズ。
-蔵人自らが酒米を栽培。栽培方法にもこだわりが?
佐藤 農薬は一切使わず、肥料も必要最低限。使う肥料のほとんどは、ビール醸造で出る麦芽のカスを、近所できのこの栽培に使う培地のおがくずと混ぜた自然の堆肥です。とても自然な農法なので収量が低く、在来農法の半分以下しか取れません。あえてそれをする理由の1つに、自分たちが目指す酒から逆算してたどり着いた農法だということがあります。
日本酒をつくるのに、米を削るのはご存じですか? 米は外側にミネラルやタンパク質が多く、酒にすると雑味となるので削ります。精米歩合によって酒のタイプが変わり、50%ともなるとスッキリとした大吟醸になるわけです。僕たちは、肥料を最低限に抑えることで痩せた米ができ、必要以上に削らなくても、しっかりした味わいがありつつ雑味のない酒ができるんじゃないかと考えました。そのプロセスがとても自然なものであったわけです。
きれいな水がふんだんにあり、昼夜の寒暖差が非常に大きく、病害的なものに比較的強い中山間地という、この土地にも助けられて無農薬農法が実現できたと思います。土づくりをしっかりすると、育つ農作物はちゃんとおいしいということを実感しています。

「農薬など、使わなくていいものは使わない」。無農薬自然農法はSDGsの観点でも、目指す酒造りの観点でも正解だった。
-「NEW ENGI 山田錦 純米【7】」についてお聞かせください。
佐藤 美山錦、金紋錦、山恵錦に続いて挑戦したのが山田錦でした。山田錦といえば兵庫県原産の「酒米の王」とも呼ばれる代表銘柄。ふくらみがありながら力強くキレがいい酒になる、とても優秀な酒米です。実は、最初の田んぼでも挑戦しましたが、兵庫県と気候の違う長野県ではうまく育たず、収穫に至りませんでした。
どうしてもあきらめきれず、2023年に再度トライ。すると、20年ほどが経って温暖化が進んだせいか、とても良い米を収穫できたのです。酒にしてみると、味がしっかりしていながらもドライで切れの良いものになりました。はじめての自家栽培山田錦で造った「NEW ENGI 山田錦 純米【7】2023BY」を発売したのが2024年の3月。2シーズン目の山田錦も同じクオリティで収穫でき、仕込みも順調です。

初めて収穫した山田錦で醸した酒。
-「【7】」の意味は?
佐藤 精米歩合が75%です。自家栽培の金紋錦や山恵錦は55%、65% にしてみたところ、期待以上の出来で、山田錦の栽培も非常にうまくいったので、思い切って75%で造ってみました。さすが山田錦、ふくらみがあって力強くもキレが良い。米のインパクトをしっかり感じながらも、飲み口は軽やかで引けの良い、僕らの目指す「最良の食中酒」ができたと自負しています。

「NEW ENGI」シリーズのラベルは縁起の良い水引がモチーフで、山田錦【7】は7角形。
その下に開けられた穴は、横一列に数えても、3ブロックに分けて見ても7が3つ。
縁喜の「喜」を「㐂」と書くことを表したデザイン。
-「最良の食中酒」とは?
佐藤 ビールと同じく、コンセプトは自分たちが飲みたい酒、それはつまり「最良の食中酒」なのです。好きな人、大切な人と食事しながらいい時間を過ごすときに、食事と高め合えるような酒。キレイさと力強さの両立を実現した山田錦純米【7】は、もっともそれに近づいたのではないでしょうか。

奥行きのある味わいながら雑味がなく、いろいろなタイプの料理とともに楽しめる。
-火入れタイプと生酒の2種類展開ですね。
佐藤 絞った酒を皆で試飲しながら、火入れ、加水の有無やアルコール度数などを決めていく中で、生酒は無濾過生原酒に決定。アルコールは17%で、マスカットのような香りに、熟したマンゴーのようなニュアンスを感じます。火入れタイプに比べて芳醇で、米の甘みをしっかり感じますが、雑味はなく、余韻はありながら後味スッキリ。

無濾過生原酒は脂の乗った刺身や肉料理などしっかりした料理にも合う。
火入れ版はアルコール15%です。火入れといっても「瓶燗急冷」。一般的には、できてすぐに熱をかけてからタンクで貯蔵し、瓶詰の際にもう1回加熱殺菌をします。熱をかければ香りや成分が飛びますし、タンク貯蔵中に酸化する可能性もあります。うちの場合は絞ってすぐに生のまま瓶に詰め、瓶燗火入れをして急冷後、定温貯蔵・熟成をして出荷します。瓶に詰めてから熱をかけるので、揮発した成分も瓶の中に閉じ込められる。火入れしてあるから生ひね香(時間の経過とともに出てくる生酒特有の香り)も抑えられる。つまり、鮮度の良い状態をキープしつつ熱処理のメリットも得られる状態なのです。
そういった瓶燗急冷や瓶詰の機械を新しくしたり、米を蒸す方式をグレードアップしたりと、これまでビールに注力しすぎた分、日本酒の方にも設備投資をしています。
「NEW ENGI」が2025年で3シーズン目、山田錦はまだ2シーズン目。お客様からは非常に好評をいただいていますが、これからもっともっと良くしていくのにお付き合いいただけたらな、と思っています。
-今後の展望をもう少し。
佐藤 おかげ様でビールの方はいろいろな方面で評価いただけるようになったと自負していますが、日本酒の方は驚くほどまだまだ。穫れるお米の量からしても、広くたくさん売りたいとは思っていません。ですが、自分たちの手で米作りから一貫して手掛けることを大切に、地元の風土を生かした酒造り、僕たちにしかできない味を追求することは止めたくありません。「志賀高原ビール」でしかご存じない方も、「NEW ENGI」で玉村本店を知っていただき、お口に合う、支持してくださる方が増えていったら嬉しいですね。
-素晴らしいお話をありがとうございました!

「NEW ENGI 山田錦 純米【7】 無濾過生原酒」
価格:¥1,540(税込/720ml)
店名:玉村本店
定休日:インターネットでのご注文は24時間365日受付
商品URL:https://tamamura-honten.co.jp/?pid=181604307
オンラインショップ:https://tamamura-honten.co.jp/
※紹介した商品・店舗情報はすべて、WEB掲載時の情報です。
変更もしくは販売が終了していることもあります。
<Guest’s profile>
佐藤栄吾(株式会社玉村本店 代表取締役社長)
1965年長野県生まれ。慶應義塾大学卒業後、ゴールドマン・サックス証券、ファーストリテイリング執行役員を経て、2003年に代表取締役として玉村本店入社。
200年以上続く日本酒蔵であり家業である同社の8代目。2004年から新たにビール事業を立ち上げ、現在も「志賀高原ビール」「山伏」の醸造責任者。2023年より、全量自家栽培の酒米で醸造した新ブランド「NEW ENGI」の販売を開始。
<文・撮影/植松由紀子 MC/田中香花 画像協力/玉村本店>